※バレー部の部活描写は暖かい目でみてください……。
初恋はレモンの味と言うけれど、わたしの初恋を思い起こさせるには太陽の光。それだけで充分だ。スガは眩しい人だ。だから、瞼を貫いて視界に光が届く時、そこにスガが笑ってくれてるような錯覚を起こしてしまう。
スガを意識して初めての夏。わたしは外にでるだけでスガのことを病気みたいに思い出していた。
すっきりとしたシルエットの白いワンピースに、3センチヒールのサンダル。それと、冷房対策に薄いカーディガン。進路は定まらなくても一応受験生である意識はあるので、筆記用具と参考書をかごバッグに詰めて、わたしは自転車にまたがった。
「あんた、どこいくの?」
網戸の中から母親のけだるい声がする。
「がっこー」
「学校って、夏休みじゃない」
「そうだけどー、今日は図書館開放日だから。勉強してくる」
「あ、そう。いってらっしゃい。夜ちゃんと帰ってきなさいよ」
「はーい」
興味をなくしたお母さんに背を向けて、わたしは自転車を漕ぎだした。そう、今は夏休みでも今日は図書館開放日。それに学校に行けば、運動部の面々が練習をしている日でもある。
校庭で野球部と陸部。プールで水泳部。それに、体育館でバドミントン部と、バレー部が。
スガを、気安く「スガ」と呼べる仲ではあるけど、理由は同学年だから。それ以上でもそれ以下でも無い。
最近は廊下ですれ違ったり、窓から見た階下にお互いを見つけた時、知り合いということでアイコンタクトくらいはする。「よっ」なんて気軽に挨拶してくれるスガにわたしもなれてきて、「おはよう」と小さく手を振り返せるようになった。
夏休みに入って、当たり前だけどスガと校内ですれ違うチャンスが無くなった。それだけで、わたしの高校生活は急に寂しいものの気がして仕方が無くなって、それでわたしは図書室解放日にいそいそと出かけてきたのだ。
勉強名目で、スガ目当て。部活大事な時期だろうし、ちょっとでも姿が見られたらそれだけで良かった。
空の青と白はくっきりと主張し合う。解放された校門。カキーン、と野球ボールが青空に吸い込まれる音が遠くでした。人気はないけれど、自転車置き場にはいくつか自転車が止まっている。わたしもそこへ自転車を止める。
図書室を、一直線には目指さない。そおっと、体育館へ近寄る。体育館の窓は全部開いていた。
ボールのバウンドする音、靴底がキュッと滑る音。のぞき込むと壁を隔てて聞こえた体育館の音が急にわたしを真っ正面から捕らえた。
「いっぽーん!」
急にスガの声がぶつかってきてびっくりした。見るとちょうどスガが、コーチの上げたボールをネットの向こうに決めるところだった。
ボールはちゃんと枠の内に入ったけれど、スガはそれを喜ぶこともなくすぐに走って、列の後ろに戻った。
「いっぽーん!」
スガの後ろ、列の先頭が回ってきた大地君が声を上げ、助走を始めたけれど、わたしはもう体育館を見ていられなかった。
屋内のスガも、まぶしかった。
体が熱くて、でも外から与えられたものじゃなく、内側からこみ上げるような、熱さ。
スガに、会えないかな。そんな軽い気持ちで見に行ったわたしの胸を、スガの真剣な表情と声が突き抜けていった。顔を上げられないまま、図書室を目指して走る。クーラーの効いた図書室に着いてすぐ、わたしは机に突っ伏した。目の奥で、あの真剣な瞳がチカチカと光っていた。
それから一応名目通り、わたしは図書室で自習をした。予習、復習、英単語の暗記。けれど、あんまり身に付いた気がしない。気持ちはどこか浮ついていた。
そんな気持ちでいると、時間が過ぎるのは早かった。あっという間に閉館時間を迎え、わたしは司書さんに図書室を追い出された。
どうしても数センチ、浮いてしまって地面にたどり着けないような、ふわふわとした足取りで校舎を出る。夏の陽はまだ落ちない。クーラーで冷えてしまった体には、まだるい暑さは安心する温度を持っていた。
自転車のカギを出そうとしながら歩いていたから、校門の近く、カバンを地面におろしてたむろってる集団に気づくのが遅れてしまった。みんな揃って背の高い集団に、あ、やばい、と思った時には遅かった。
「おー、」
「すっ」
スガ! 不意打ちで現れた想い人に全身が硬直する。
「す?」
「すっ、スガだなぁ、と……」
「そうだべ」
おかしな答えなのにスガがニカッと笑うので、何でもないような気がしてくる。
「来てたんだ。今日なんかあった? 補修とか?」
「ううん」
スガとこうして対面すると思わなかったけど、念のための言い訳ならば持ってきていた。
「図書室解放日だから、自習に」
「そっか。偉いな」
「え、偉くないよ」
「そうか?」
「うん。とりあえず勉強しただけ。ほら、スガみたいに部活に夢中になれないから、とりあえず時間を進路に使ってるだけ。スガの方が偉いよ。夏休みも練習して。すごい」
「まぁ俺も頑張ったけど。とりあえずでも自分の未来のために時間使ってるって意味ではは偉いべ!」
「うん……」
「納得できない?」
「ううん、スガがそう言うならそう思おうかな。……じゃね、わたしこっちだから」
わたしはスガに自転車のカギをちらつかせてから、駐輪場へ逃げ出した。全力疾走したいのを堪えながら。
バレー部の集団は遠くなった。でも彼らの笑い声は駐輪場に届いて、その中にはスガの笑い声もあるのだろうと考えてしまい、胸がつらくなった。
見上げると、ようやく空はオレンジ色になりつつあった。スガはやっぱり良いこと言うな、なんて考えた。わたしの不安をいつのまにか小さくしてくれた。運動部の部活でへとへとなはずなのに、やっぱり笑顔がまぶしくて、さすが男の子だなぁと思う。そしてわたしの恋は憧れに退化しそうになる。
同じようなことは何度もあった。スガへの好きがつのると同時に、スガがすごいなぁ遠いなぁまぶしいなぁと感じて、やっぱり憧れで終わろうと思うことがある。
自転車にカギを差す手がどうしようもなく震えた。泣きそうですらあった。わたしは乱暴に、自転車のスタンドを蹴り上げた。
「!」
「すっ」
「スガだべ!」
またも詰まってしまったわたしの言葉を拾って、スガがニカッと笑う。
「あ、あれ? す、スガも自転車だっけ」
「いや、追いかけてきた」
「わ、わたし……?」
「ん」
スガはふーっとひとつ息を吐いてから、カバンの中から小さな包みを取り出した。
「はい。に。誕生日おめでとう」
「な、なんで……」
「実は知ってた」
スガがまっすぐ腕をのばすとそれはちょうどわたしの鼻と同じ高さだった。小さな紙袋の奥からまたも小さな袋とリボンがのぞいている。
「実は持ち歩いてたんだ。夏休み入っちゃったけど、一応どっかで会えるかもしれないしと思って。もし会えたらその時渡そうって。まあこんな当日に会えるとは思わなかったけどなー」
そうだ、ちょうど今日がわたしの誕生日だった。夏休みで、図書館開放日で、バレー部の活動日の、真夏の一日。それがわたしの誕生日。だから、スガをちょっと見かけられたらそれが一番わたしの元気になるって思って今日学校に来たんだ。
夢を見ているんじゃないかと思うような状況に、気持ち全て声にならない。
「手、出して」
震える両手の平を差し出すと、そこにプレゼントが乗せられた。
「バイトもできない高校生のプレゼントだから、あんまり高価なものじゃないけどちゃんと選んだから」
「高価とか、関係ないよっ!」
貰えただけで嬉しい。誕生日を知っていてくれたことが、信じられない。もうそれだけでわたしには十分なのに、スガが謙遜なんてするから、否定のために顔を上げた。そしてすぐ反らした。
どうしよう眩しい。スガが眩しい。直視するのがつらい。
「、顔……」
「み、見ないで!」
真っ赤になってく顔を見られたくないし、スガのことも見ていられない。わたしは腕で顔を隠しながら自転車を走って押した。
「?」
「そのまま! 来ないで、今、すごい恥ずかしいから!」
駐輪場の出口までたどり着けば、スガがさっきよりは小さく見える。眩しい光が遠くなった。これでわたしはやっとスガを直視出来る。
「スガ! ありがとーっ!」
こんなにも離れてるのに、ニッと歯を見せて笑ったのが真っ直ぐわたしへと届いて、わたしはもう、だめだ。
ちなみにスガからの誕生日プレゼントはシフォン素材のシュシュだった。揺れる華奢な飾りつきで、その飾りはよく光を反射して輝く。なので、わたしは鏡を見る度にスガを、スガの笑顔を思い出す。
光を見ると、このプレゼントをくれた駐輪場を思い出す。わたしだけを見て笑っていたスガがまぶたの裏に浮かぶ。
今日も鏡を見る。サイドにまとめた髪に、スガからのプレゼントがある。首を傾けると、きらりとそれは光った。
ああ、眩しい。もはや自分が眩しいなんて、この恋はやっぱり病気じみている。
(はこさん、お誕生日おめでとう!)