8月17日


ダイゴくん、どうしてよりによってこのメタグロスを忘れていったの。
メタグロスは自分が呼び出された客間を物珍しそうに眺めて、それから驚いて声も出なくなっているわたしを見つけるなりじっとこちらを向いている。赤く大きな瞳に見つめられ、思わず椅子から立ったままの形で固まってしまう。

わたしはもう、気が動転して、とにかく助けをダイゴくんに求めようとポケナビを手に取った。


「ダイゴくん、ダイゴくん、ダイゴくん……」


譫言のように彼の名を呼ぶ。
ダイゴくんへコールしようとして、ふと気づく。声はだめ、ダイゴくんの声を聞くのは、だめ。
コントロール不可能の警報が頭の中で鳴り響く。

わたしは、震える指でメールを打った。



To.ダイゴくん
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わたしの家にダイゴくんのメタグロスがいます。
次はいつわたしの家に来られますか?
なるべく早く、会いに来てあげてください。
あと、間違ってメタグロスのことボールから出してしまったの。戻し方を教えてください。
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メールを打ち終えて、ふと目元を拭うと指がしっとりと濡れていた。わたしはパニックで泣きかけていたらしい。

ほどなくしてダイゴくんからの返事がくる。
内容は少し気の抜ける文面だった。


To.
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ごめんぽけなびかえたばかりでへんかんがわからない
どうくつからかえったらあいにいくよ
もどしかたはぼーるをめたぐろすになげてみて
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投げる? ボールを投げる? ボールってこのモンスターボールのことだよね?

自分のポケモンを持ったことのないわたしには何もかも分からない、分からないことばかり。こんなことだから箱入り娘、世間知らずのお嬢様とからかわれてしまうのだろう。

ダイゴくんがしていたことを思いだし、ボールをそ、っと投げてみる。
けれど何も起こらない。またじわ、と目が熱くなる。



To.ダイゴくん
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ありがとう。でも投げてみたのに戻ってくれないの。
どうしてなんだろう。本当にこういうこと初めてだから分からないの。
何度もごめんね。
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ダイゴくんからひらがなばかりのメールが帰ってくる。



To.
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めたぐろすのからだにあててる
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どうやらダイゴくんは「?」も打てないらしかった。

メールの文面を読んで胸がいやな方へ跳ねた。
まさかボールを、メタグロスの体に当てなくちゃいけないなんて。
物を投げてぶつける。お母様が聞いたらきっと言う。わが家の一人娘がそんなことをしてはなりません。誰も結婚してくれなくなりますよ、と。

でもこのまま部屋にいさせておくわけにもいかないし、大きなメタグロスが通るにはこの部屋のドアは小さすぎる。
やらなきゃ、いけないのかしら。


「これからボールを当てるけど、怒らないでね……?」


メタグロスはじっとこっちを見るばかり。通じていると良いのだけれど。
何かを投げるというのもすごく苦手なのに。心臓がばく、ばく、と胸を押し上げた。

なるべく痛くないところにしよう、と思い、わたしはメタグロスの足の先をねらってボールを投げた。


「で、出来た……!」


メタグロスに当たったボールがぱかりと割れ、先ほどの巻き戻しのようにメタグロスはボールの中へと戻っていった。

ふう、と一息つく。見ると手元のポケナビが光っていた。


To.
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できたかな
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To.ダイゴくん
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ありがとう。できました。
ボールを当ててみたけれどメタグロスが怒っていないと良いのですが。
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To.
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だいじょうぶ
そのめたぐろすはあたまがいいから
ちからのつよさだけでしたがうあいてをきめたりしない
きみのいうことはきっとよくきくよ

だいじにしてあげて
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ダイゴくんのポケモンなのだからもちろん大事にするけれど。
今まで自分のポケモンを持ってこなかった世間知らずにいきなりメタグロスだなんて、課題が大きすぎるような気がした。


「早くダイゴくんのところに戻れるといいね」


そうボールに話しかけたら、手の中のボールが揺れだして、再びメタグロスが部屋の中に現れた。
どしーんと揺れる床でわたしも机も跳ね上がる。
やっとボールに戻せたのに……。大人の部類に入る癖に、わたしはまた、泣きそうだ。