※ヒロインがサカキ信者のヤンデレ。サカキさまとは幸せになりません。
その感情がちゃんと憧れの枠に収まっていたのか、わたしは知る術を持たない。確かに盲目であったと思うけれど、彼に下心を抱いたことは無かった。猥褻な感情を持たず、けれどはなはだしく、わたしは彼に憧れを燃やしていた。
サカキさまはトキワジムのジムリーダーだ。そしてわたしはそのジム唯一のジムトレーナー。サカキさまの留守を預かっているのがわたし、である。
『それではジムのこと、頼んだぞ』
先週も、そうおっしゃってサカキさまはジムを出られた。サカキさまは常にお忙しい方だ。親族で経営している会社のまとめ役がサカキさまだそうで、時間があればジムをわたしに任せ、そちらへ顔を出しに行く。
トキワジムはカントーで一番の難易度を誇るジムだ。ゆえに、挑戦者は年に一人いるかいないか。そんなトキワジムを数日開けておくことは何の問題にもならなかった。
はい、サカキさま。ジムのことはどうかわたしに任せて、お気を付けて行ってらっしゃいませ! と、わたしは笑顔で送り出したのだった。サカキさまの前では、親にも見せたことがないような心からの笑顔を作れるわたしであった。
自宅。ジムにいない時であってもわたしがジムトレーナーの任を忘れることはない。
意味もなくつけたラジオでは、アナウンサーがロケット団の悪事を細やかに読み上げる。
窃盗に始まり、ガラガラ、カラカラへの虐待。武力を奮い、あのシルフカンパニーの占拠までをも成し遂げるなんて。ロケット団。なんて悪いヤツなんだろう。特にポケモンを虐げたという事実は想像して胸くそ悪くなった。
でも安心だ。だってその悪の軍団はつい先日解散したのだから。
一人の若きトレーナーがロケット団をこらしめたと、アナウンサーはまるで自分がしたことであるかのように誇らしく謳いあげる。
アナウンサーの声は明るい。と、思ったらアナウンサーは深刻そうに声を低くして言う。ロケット団ボスの男は未だ捕まっていない、彼は依然逃走を続けているそうだ。
窓の外を見ながら、その不安をわたしは流し聞いた。心配ない。その若く優秀なトレーナーがいる限り、カントー地方は安泰だろう。
さて。今日もジムトレーナーとして働き始める時間が迫っている。サカキさまがいらっしゃらない間、ジムを守るのがわたしの役目だ。尊敬するサカキさまの留守を預かれるなんて、なんという栄光だろう。しかもこれがわたし一人に任されているのだ。他の誰でもない、わたし、一人に。今までの人生でこんなやりがいを感じたこと、無かった。サカキさまに出会ってから、すべては薔薇色だ。ああ、サカキさま。今日もわたしはあなたさまの帰りを待ち、ジムを守ります。あなたさまがいつ帰ってきても、最高のバトルが出来るようにしてお待ちしております。サカキさま、わたしはいつでも感謝しています。最高の生きる理由をわたしはあなたさまから授かった。わたしはラジオの電源を落とした。
トキワジムへと続く道を歩きながらわたしは思う。サカキさまが帰って来るとおっしゃった日まであと二日。もう二日しかない。そろそろ、いつも以上に気合いを入れてジムの整備を行おうとわたしは心に決め、足を早めた。
そして見えたトキワジムはかすかな違和感を抱えていた。
違和感の正体は扉にあった。昨夜しっかりかけたはずの鍵が開いているのだ。
まさかもうサカキさまは帰られているというのだろうか。なんたる失態であろう、サカキさまに遅れてジムにつくなんて。
焦って、中に入ろうとすると誰かにぶつかる。出てきたのはサカキさまではなく、帽子にリュックサックの少年だった。挑戦者か? それでも、どうして鍵がかかったジムに入れたのだろう。
目深に帽子を被った幼い顔がこちらをむく。少年は特に表情を滲ませず、口を開いた。
少年が告げたものは、受け入れられないものであった。いや、受け入れなくて正解だ。内容は、ここで言葉にするのも戸惑われるほどくだらないものだった。
レッドという少年、許せない。なぜって幼いくせして、「ここのジムリーダーならもう帰ってこないよ」と嘘までのたまったのだ。歪んだ少年の言葉を信じる必要など無い。
今日もわたしはサカキさまをただ信じてついていく。それが自分のするべきことだ。
少年の言葉に惑わされて生まれた疑いは早々に捨てた。一瞬であってもサカキさま疑ってしまった自分はなんて恥ずかしい人間なのだろう。今はただ、反省するばかりだ。
サカキさまの留守を守る、たった一人のジムトレーナー。その仕事に誇りを持っていた。
わたしはサカキさまが大好きだった。
大好きという言葉に納めるのが戸惑われるほど、大好きでした。
だから今日もわたしはジムを守り、待っている。あなたさまの帰りを。