あの時夢中になって駆け抜けたバッジ集めの旅。目標であったジムリーダー、それもトキワジムのジムリーダーに俺がなるなんて、誰が思っただろうか。俺はかけらも思っていなかった。

マサラから旅立って、最初にたどり着いたトキワシティ。今日から俺はこの町を拠点としてトレーナーの腕を磨くことになる。十の頃必死に追いかけていたジムリーダーにオレがなるのか。胸の中には自分の身とトキワとの縁に対する邂逅と、バトルの腕を認められたことへの喜びが入り交じっていた。
トキワシティがオレの行き着いた先なのか? ジムリーダー初日だと言うのにどこか黄昏ていたオレは、トキワに入ってすぐ、異変と遭遇する。


「何だ?」


ジムの前にできた数人のひとだかり。
人数は少ないが、それでもトキワシティの住人ほとんどが集まっているようだ。

近づけばその理由がすぐに分かった。
窓に貼りつけられた板。窓だけじゃない。
おおかた、岩石封じの技でも使ったんだろう。入り口となる場には大きな岩が侵入を拒むようにいくつも積まれている。

トキワジムのトレーナーと思われる人物がオレに気づく。


「あ、グリーンさん」
「……どうしたんだよ、これ。バリケード、か?」


恐る恐る言葉を当てはめるとすぐにそうなんです、とトレーナーもうなずいた。


「どうやら前代のジムリーダーの部下らしいです」
「前代って言ったら、サカキの部下か」
「はい。何でも、グリーンさんが新しいジムリーダーになるのを受け入れられないって。ここはサカキのジムだって主張して聞かなくて。サカキが戻ってくるまで退かないつもりですよ」
「なんだそりゃ」


じゃあこの岩はオレがジムに入れないようにと積まれたものなのか。
そう思うと挑戦的な気持ちになって、ほんの少し心が躍った。


「おーい」
「……あなたが、グリーン?」


築かれた砦にダメ元で声をかければ意外にも返事が返ってきた。
刺々しいが、高く通る声。こんなバリケードを作り上げた主は意外にも女らしい。


「来ないで! このジムはサカキさまの物なんだから! 近づくことは許さない!」
「そんなこと言ったって、サカキはもうジムリーダーをやめたんだよ」
「サカキさまは戻ってくるわ! 絶対に!」
「戻ってくるかよ。サカキはロケット団のボスだったんだ。ロケット団がどんな奴らかはお前も知ってるだろ?」
「違う、嘘はやめて。サカキさまがそんなことするわけない」
「違うわけあるか。裏でひどいことをしてたのがバレたから逃げたんだよ」
「信じない……。サカキさまは優しかった!!」


積み上げられたバリケードの中から岩を裂くような叫びが上がる。


「出ていけ! 出ていけ出ていけ!! ここはサカキさまのジムだ!!」


こうして声を荒げてしまうような精神のもろさだ。彼女の底が見えた気がして、オレはひとつ息をついた。
本当はなにが真実か、彼女は分かっているのだ。
ただ理解するのを拒んでいる。理解すればサカキを信じ切っていた己の大事な部分が壊れてしまうから、耳をふさいで閉じこもっているのだ。
サカキも面倒なものを置いていったもんだ。


「なるほど、オレの最初の仕事は躾けってことか」


もはや話し合いでは事態は収集出来ない。これ以上彼女に付き合う理由も無い。そう感じて、オレはボールを取り出した。

地面に降り立ったのはオレの自慢のウインディ。
たっぷりの毛並みをたなびかせる彼に、数人の見物客が後ずさった。

まっすぐにジムを指差しオレは指示を出す。


「ウインディ、はかいこうせん!」


光の線がトキワジムを貫き、やがて彼女が必死に作り上げた壁がもろく崩れ去る。

瓦礫の中には信じられないと目を見開いた少女。
暗い眼光の生意気な顔が、日光の下晒された。

さて前の飼い主に染まりきっている彼女をどうやって躾けようか。


「覚悟しろよ?」


笑顔付きで優しく優しく言ってあげたというのに、何を恐れたというのだろう。ひっ、と小さく悲鳴をあげて彼女の威勢は丸くなる。
彼女のその表情に、そしてこの先が楽しみになってしまったオレに、潜む素質を感じた。