また彼女が勝手に家に入ったらしい。コートと靴と、時計まで。帰った家に彼女の抜け殻が散らかっていた。
脱ぎ散らかした彼女に悪びれた様子はなく。薄着になった彼女はソファの上で、形の悪い木の実を食べていた。
目はボクを見ない。窓のしらけた明かりの向こうを見てる。
「来てたのー?」
「うん」
おかえりも、おじゃましてますも、挨拶もない。ボクが逆らわないのを言いことにやりたい放題やるのはいつものことだ。
そんなにボクは慣れている。
「いつからぁ?」
「さあ」
「ボクは今日ずっとギャラリーにいたんだけどー、は来てくれた?」
「ギャラリーには行ったよ。搬入前だけどさ」
それを行った内に入れるのは間違っている。
ボクが居るときに来てくれないと意味がないのに。
せめてボクが居ないときでも来るか、“行った”と嘘のひとつ言ってくれても良いんだと思うんだけどがそんな愛想を見せてくれたことはない。
よく、分からないからと、は作品とは最低限の関わりだけしか持ってくれない。
落ち込んでもしょーがないから、また話しかける。との対話を求めて。幸い彼女は返事だけはしてくれる。
「なーに、食べてるの」
「知らない。木の実」
「知らないってー」
「落ちてたから」
落ちてたからって。またオウム返ししそうになった。彼女は育ちは悪くないのに時々とんでもないことをする。
「落ちてるものを食べちゃだめー」
「大丈夫でしょ。結構きれいだったし」
「そうじゃなくてさ。どうして拾うのー? どっかでさ、買えば良かったのに」
もしくは、少しでもボクに言ってくれればあげたのに。
元々あまり笑わないので表情に代わり映えがないけど、カゴの実って確か渋みが強かったはずだ。
取り上げようとしたら顔を背けて反抗された。
「むう」
「ポケモンは拾ったの食べてるじゃない。別にそう悪いものじゃないでしょ」
「悪いとか良いとかじゃなくって。やめて欲しいんだー。だって拾いものだろ。やだよ」
「うるさいな」
かたくなに迫りすぎたみたいだ。彼女が一層、顔をしかめた。
「君だって元々は落ちてたんじゃない」
「………」
「アーティもわたしが拾ったんだよ」
「……、そうだねー」
思ってもなかった、けどボクにとってはすとんと腑に落ちる言葉を返されて同意するしかなかった。
思い上がりにカウンターパンチ。完全に言い負かされた。少し目の前がくらくらする。
「で。そろそろ次の制作だろうと思ってわざわざ来たんだけど」
「うんー……」
「今回もしっかりと好評だし、また好きなものつくりなさいよ」
こんな感じではだいたい一番にボクの新作を引き出しに来る。
期待してると無責任なファンみたいなことをいうわけじゃなく、ただ次の作品の具体案を聞き出される。
「アーティは次、何を作りたいの?」
「あー……。繭、かなー」
「繭を? ジムを繭の中に閉じこめるの?」
「違うよぉ。ジムの中に繭を作るんだ。たくさんね。色もつけて。目を閉じて丸くなりたくなる暗くて静かで、美しくて、一瞬生きてることを忘れるような繭。でも絶対に、破れる繭なんだ。破れたところから、新しい世界に繋がる」
次の作品についてなら、はボクの目を見て聞いてくれる。聞くと言っても存在を忘れられた鼓動のような、沈黙の相づちだ。
「ふふー。天井には一番大きな繭を作るよー」
「……そこに閉じこもるの?」
「ううん。ボクは閉じこめるほうなんだー」
何を言ってるのかわからないという顔をされた。良いんだ、分からなくても。よく分からなくたって、物ができあがればキミの行方はその時決まる。
きっとキミは何も言えなくなるだろうとボクは考えているけれど。キミはその大きな繭の中で目を閉じる。
「ま、良いんじゃない。ずっと華やかなものばかり作るから、わたし豪華主義は飽きたよ」
「……。先に言っておくけどー」
「何?」
「の力はもう借りないよ」
ボクは、にキミは落ちてたと言われて、否定できないような人間だ。
何も言い返せなかったのはに拾われたと、言えるような出会い方をしていたからだ。
「今までありがと。でももうやめようよ」
「わたしは、困らないけど。ア、アーティは、どうなの」
「困ることないよ。もうボクは自分の力でジムを作れるんだよー」
「そう……」
「うん」
良かったね、と彼女は吐き捨てコートを取った。
「帰るの?」
「お役目ごめんだもの。せいぜい飽きられないように頑張ったら良いんじゃない」
ふと笑ってしまう。彼女がボクにかけてくれた優しさや、ボクに自由をさせるために投じてきたものを一切言い出さないからだ。
なんだかんだでボクの戯言を聞いてくれて、ボクのために手をさしのべてくれて、こうして突然裏切られても何も言わない。
正直、ずるいとボクは思う。
やはり彼女のは冬の蝶を拾い上げるような、優しさだ。手のひらで暖めても、どこかで蝶の死を予期するような。
どうして彼女がボクを拾ってくれたのか、今でも分からない。
「っアーティ!? 何するの!?」
コートの上から捕まえる。
押し倒して少し液で塗れた彼女の口を貪る。
「今までありがと。たくさん助けてくれてありがと。ごめんねー。もうひとりでも生きていけるから、一緒に暮らそう?」
「アーティ……?」
「今までは考えることが多すぎたけどさ、おしまいにしよー。ねー?」
「……っ」
「そういうのアリでしょ? ボクも間違いなくキミのこと好きだよ。……うん、たくさん泣いて――」
夜が明ける頃。くるまったシーツの中では木の実を食べた理由を話した。アーティの好きなむしポケモンになってみたかったのと、小さく言った。