二つのカップ、揃いのソーサー。2種のピースケーキ。そして憂鬱が、午後の円卓に乗せられている。

卓上のほとんどは僕が持ってこさせたものだ。のために。2種のケーキは一見、お互いにひとつずつ置かれているように見えるが、実はあとでにあげるつもりだ。目の前のを食べ終わった頃に、そっと差し出す。そうしての喜ぶ顔が見られたら良い。自分でもわかっている。に、与えたくなるであろう自分のために、ケーキは余分に用意してあるのだ。

けれど、このケーキが劣化の後に捨てられる時は近いな、と僕は感じている。一向にがひとつめのケーキに手を着けないからだ。

憂鬱はがが持ってきたものだ。
本日顔を見せた時からもう、彼女は憂鬱と仲を深めていた。長らく時間が費やされ、今ではさらに親密になったように伺える。
目元に影を背負わせながらようやく彼女は口を開く。

「……もしも、もしもだよ?」
「うん?」
「“もしも”だから架空の話で、現実とは一切関係の無い、ノンフィクションなわけだけど」
「……うん」

そこまで言われてしまったら、馬鹿でも気づく。これから話されるのがホントウの話なのだと。
僕は神妙にうなづく。深く真剣に。けれど、彼女の精一杯の前置きが嘘だと際だたない程度のさじ加減で。

「私が、もしも人間じゃなかったら、ダイゴはどうする?」
「ええ?」

へえ、君って人間じゃなかったんだ。もしも話の中身は予想以上にファンタジックな内容で、僕は下瞼を膨らませてしまう。

「ねえ、どうする?」
「うーん、それだけ言われても。人間じゃない生き物なんて地上にはたくさん居るだろ。例えば?」
「例えば!?」

がいきなり、素っ頓狂な声をあげる。そしてすぐに大きな反応をしてしまったことを後悔して小さく謝った。

「ごめん……」
「何が?」
「変な声出して」
「大丈夫だよ。僕は君が自由にしてる方が好きだし、ここはもう、人払いも済んでる」

内心では、面白い反応がくすぐったくてたまらない。お腹をおさえて、笑ってしまいたい。けれど至って真剣なの前なのでぐっとこらえる。

「それで、人間じゃないって、例えば? がポケモンだったらってこと?」
「ううん、もっと外見は人間っぽいんだけど中身が違うような感じで……」
「どういうこと?」
「だから……」

純粋そうに具体例を待てば、ようやくも覚悟がいったようだ。
は大きなため息をひとつ吐いてから言った。今日だけはなぜか物わかりの悪い恋人に向けて。

「わたしがもし、アンドロイドだったら?」
「アンドロイド?」
「中身が全部機械で出来てる、ってこと。人間に作られた人造人間。体内にはいつも電気が走ってて、様々な部品をネジで縛り付けられてるの。触った感じは分からないだろうけど、金属検査は絶対にひっかかるから、空港とか、警備の厳しいところには行けない」
「……心臓は鉄で出来てるってわけ」
「ま、まあそんな感じ」

話によると、彼女はアイアンハートの持ち主らしい。
絶え間無い電気によって、自らの心は形成されていると。

なんて楽しい時間をくれる恋人なんだろう。
君の正体がなんであろうと、そのことを手放しで喜びたい気分だ。

「ダイゴ、笑い過ぎ」
「だ、だって……」

がアンドロイドだなんて、すごくわくわくする話だ。

今度彼女を抱くことが楽しみになるような“もしも”だ。
肌の中に隠されているものが気になるし、合金の駆動音がいつ聞こえてくるのか待ち詫びてしまう。の体を軋ませてみたくなるし、近づけば感ぜられる心音も、もしや録音された音声なのかもと、自分が疑わしくなる。情事への期待が膨らんだ。

「……だから言うのイヤだったのに」

半ば泣きそうなになりながら、は瞳をふるわせた。

「ダイゴに言ったら、信じてもらえないか、それかもっと好きになられるかのどっちかだと思ってた。ダイゴは、珍し物好きだし」
「うん、ますます好きになったよ」
「そんなのやだ……」

信じてもらえなければ君は傷つくくせに、僕の好意が深くなっても文句を言うなんて、本当にはわがままな女の子だ。でも、手がかかっても別に良い。むしろそこが可愛いと思えるのは、彼女が僕にとって特別な人である証なんだろう。

僕には、最後にが与えられたい言葉が分かっていて、それを魔法のように差し出す用意がいつだってできている。そう、二つ目のピースケーキのように。

「もし――」

その前置きを僕は忘れない。

「君がアンドロイドだって関係無いよ。僕が好きになったのはで、それがたまたまアンドロイドだったってだけ。そうだよね?」
「ダイゴ……」
「うん、面白い話だった」

満たされた気持ちで、紅茶に口をつければ、彼女もようやくフォークを握った。

デボンの技術部をひっくり返せば、の正体を裏付けるテクノロジーが出てくるのかもしれない。けれど、証拠探しなんてする必要は無い。
の存在がどんな形であろうとも、僕の何が変わるわけでもない。と向かい合って座れることに幸せを感じながら、彼女に二つ目のケーキを差し出せる瞬間を、僕は待ち続けるのだ。