今日ほど友達の少なさを恨んだことは無い。ひとりっきりというのは何か、たとえば新しいことや……、恋とかに挑むときにいっそう心細くなる。
目の前に座るのは、ナギサのスター様ことデンジさん。
恥ずかしながら恋愛相談のためにこの場に呼び出した。
わたしより遙かなハイスピードでケーキセットを口に詰め込んでいる。今のわたしには頼れる人がケーキにガツガツと食べているこのデンジさんしかいない。この状況に、もう泣いてしまいそうだ。
「で、用件は」
「あっはい、それがですね」
「ん」
「………」
「………」
「………」
「用がないなら帰るぞ」
「わーっ! 今、今話しますからー!!」
必死に引き留めればデンジさんは少しめんどくさそうにしながらも、とどまってくれた。
というかデンジさんはもうケーキセットを完食したのか。確かめるために除いてみたカップの底には確かにカプチーノの泡しか残っていなかった。
呆れた。味わうという言葉を知らない早食いっぷりだ。
「なんだよ」
「いえ、別に」
あわてて空のカップから視線を引き上げる。
「ま、言われなくてもお前の用件なんてバレバレだけどな」
「なんですと!」
「どうせ恋愛絡みの相談だろ。相手はオー」
「わっわーっ! それ以上は言わないでください!!」
「バ」
「うわあああああああ」
オーバ。その人の名前を聞いただけで体中が、特に顔まわりが燃え上がりそうなくらい熱く熱くなる。名前と一緒にあの人の笑顔が浮かんで、とりあえず一番近くにあったテーブルクロスで顔を隠した。
奇行に出たわたしを見て、デンジさんが一言つぶやく。分かりやすっ。
「告白でもするのか?」
「そんな! 告白なんて!」
「じゃあデートにでも行きたいのか? あ、誘われたいのか」
「デー…ト……」
「ここは行くとこまで行って、オーバを押し倒すか?」
「ちょ、デデデデデデンジさん!?」
「既成事実、はやりすぎか」
告白、デート、おしたおす、きせいじじつ。どれも想像しただけで私のキャパシティでは抱えきれなくなるワードだ。後ろふたつは論外だけど、前のふたつを夢見るわたしも居る。
蚊帳の外、傍観者のデンジさんは余裕の表情だ。
「二人とも相性良いように見えるけどな。はなにを戸惑ってるんだ?」
ぐさり、と来た。戸惑っている。それは現在のわたしを表すのにはぴったりの言葉だ。自覚が、言葉という釘で壁に打ちつけられた。
「デンジさん、笑わずに聞いてくださいね」
「ああ」
「……なんか既にニヤニヤしてません?」
「そんなことは」
指摘に慌ててデンジさんはカプチーノを煽る。
カップで口元を見えなくしようとしたんだろうけど、馬鹿め、そのカップはとうに空っぽだ!
こんな人にわたしの秘密を打ち明けるのかと思うとげんなりしてくるけれど、でもやっぱり、私にはデンジさんしか話せる友達はいないのだった。
「わたし、実はドライアドなんです」
「は、なに、ど、ドライモード?」
「誰が洗濯機ですか、誰が」
「じゃあドライブモード?」
「誰がマナーモードの一種ですか! じゃなくて!」
ああまた話が逸れてく……!
「ドライモードじゃなくでドライアドです。ドライアドっていうのは簡単に言うと木の精霊です」
「……は?」
いつも気だるげなデンジさんの目が見開かれる。
おお、驚いてる驚いてる。
「そりゃびっくりしますよね。わたしも自分で自分のこと、木の精霊ってキャラじゃないなーって思っていますよ? でも本当なんだからしょうがないんです」
「で?」
まじめに打ち明けている打ちに、デンジさんはいつものデンジさんに戻っていた。フラリと灯台に行っちゃいそうなデンジさんに。
「で、ですね。デンジさんに聞きたいのは、わたしがオーバさんに恋して良いのかってことなんです」
「何が問題なんだ?」
「だってわたしは人間じゃないんですよ?」
「それが何だよ」
「絶対にオーバさんに迷惑かけます」
「そうと決まったわけじゃないだろ」
「決まってます……」
「馬鹿。迷惑かどうかは俺やお前が決めることじゃない。オーバが感じて決めることだ」
「………」
腐っても、デンジさんはデンジさんのようだ。優しい嘘ではなく、電撃のようにすぐさま本当のことを言う。そしてそれは心を痺れさせる。
「ありがとう、ございます」
「おう」
「あと、もうひとつだけ良いですか?」
「……おう」
「わたし、さっきも言ったように、本当は木の精霊で、火は苦手なんです」
「あ?」
「その、オーバさんを見てると冗談抜きでわたしまで燃え上がりそうで怖いんですが、どうしたら良いですか?」
「………」
「デンジさん。残念ながらわたしは真剣です」
そう伝えれば、渋々とデンジさんはまた電撃を返してくれた。
「お前に悪いところがあるとすれば、それをオーバ自身にぶつけられないところだ」
「………」
「本当に好きなら正面からぶつかっとけ」
「ありがとうございます、デンジさん!」
デンジさんの言葉全部がようやくわたしの中で根を張って、わたしは立ち上がった。
数週間後、わたしはオーバさんに告白することとなる。
「オーバさん、私、貴方を見てると……、燃え上がりそうです!」
「おおそうか! 一緒に燃え上がろうぜ!」
「……はいっ!!」