10月最後の夜風が吹き抜ける。
あの人の家の灯りがついているのを確認した。わたしは興奮をそっと押さえながら、引きずっていたマントの裾を手繰りかき集めた。すっきりした足下を、音を立てないよう動かしてその窓辺に近寄る。
どうしようもなく胸が踊る。踊るからこそのハロウィンだ。わたしの中に隠れていたいたずら心が眠っていられなくなる。
窓の視覚を縫って、ドアへ近づく。ドアへと触れる前にマントの裾を解放する。
長すぎるマントの形をもう一度見直す。わたし、ちゃんと人じゃないものになれているのかな。ジャック・オ・ランタンになりきらなくっちゃ。気合いを入れて被ったカボチャずきんの位置を調整して、たら。
「いらっしゃい、」
「あ……」
わたしがノックをするまでもなく、ガチャリとドアが開いた。ゲンさんは笑みが屋内の明るさに照らされた。
慌てて体勢を直そうとするけど、マントが思うように扱えないわたしを見下ろすゲンさんはゆったりとした表情だ。
「入ったら?」
「ゲンさん、だめですよ! わたしを誰だと思ってるんですか!?」
「誰って、?」
「ジャック・オ・ランタンです!」
そう、今日のわたしはジャック・オ・ランタン。
漆黒のマントに、時代錯誤の旧式ランプを携えた、笑うカボチャ頭の怪人。ビジュアル的なポイントはばっちり押さえたつもり、なのだけれど。
「わはははは! 今日はハロウィン! 時刻は夜! ここから先は我々の領域ですよ!」
ジャック・オ・ランタンになりきり、悪役を演じてみたがゲンさんの反応はいまいち。期待していたものよりずっと薄い。きょとんと目を丸めている。
「と、トリック・オア・トリート! さあどうしますゲンさん!」
「うん、分かったよ。よしよし」
よしよし。その反応は違う気がします、ゲンさん!
「まあ入って」
あっれえ? 想像していたのといろいろと違う! 歯がゆさにもじもじしている間にゲンさんは強引に家の中へわたしを連れ込む。
手際よく、私のためのイスを用意し、これまた慣れた感じで湯気のたつ紅茶を差し出した。
「あの、ゲンさん……?」
「これは砂糖が入っていないかあお菓子の内に入らないよね」
「はい?」
「ハロウィンかあ。似合ってるよ。うん、可愛い可愛い」
「ありがとうございます?」
ゲンさんに褒められて照れなくも無いけれど、でも今のわたしはカボチャを頭に被っているのだ。顔が隠れている状態で言われた可愛いは、喜んで良いんだろうか。
「トリック・オア・トリートだったよね」
「そ、そうです! トリック・オア・トリート! さあどっちにしますゲンさん!」
「それが決められないんだよね」
ストレートの紅茶に舌をひるませ、ゲンさんは困り顔だ。
「にはお菓子をあげたいって気持ちもあるけど、少しいたずらされるのもおもしろそうだし、逆にジャック・オ・ランタンをからかいたくもなるしね」
「え?」
「いや何でもないよ。優柔不断でごめんね」
「そんな」
決められないなんて言葉は予想もしていなかったけれど、謝られるほどのことでも無いと思った。
それどころか、少し嬉しいような気がしている。ゲンさんがちゃんと考える姿、なんだか好きだ。
「大丈夫です! ゲンさんが選ぶまでわたしつきまといますよ!」
「本当?」
「あれ何で嬉しそうにするんですか!」
「それは……もちろん」
カボチャ頭の中からの視界は狭くて、ゲンさん以外がほとんど見えない。
「答えを出してジャック・オ・ランタンが次の家に行ってしまうのが惜しいからだよ」
機嫌の良さげなゲンさんがもうお家の人が心配する時間だよと言うまで、結局わたしはこの家でノンシュガーの紅茶を飲んでいた。
帰ろうとしたわたしに最後、袋にたっぷり入ったお菓子をゲンさんはくれた。
わたしがお返しとばかりに、いたずらにいつも触ってみたかった喉仏を摘んでみたら、ゲンさんはわたしのカボチャをはずして小さなキスをくれた。
これがハロウィンの日にわたしがした、全部の出来事です。