異形のものに追われて走っているようなものだった。
私の後ろに憑いて、私の肩を叩かんとする何かを振り切ろうと足に万全の力を込め走っていたように思う。
寝不足の体は鉛を背負ったように重かったけれど、やはり恐怖に駆り立てられ、強く廊下を蹴った。
「!」
「アポロ、さま……」
掠れた声が私の眉間にストレスをかける。
「何をやっているのですか」
「ミイラごっこです」
包帯を押し上げて、彼女は頬を膨らませる。ひょうひょうと言うがその笑みはぎこちなかく、私には包帯がひきつったようにしか見えなかった。
「つまらない嘘はやめてください」
「嘘じゃありません。これはミイラごっこです」
「自分で包帯を巻いたと言うんですか」
「そうです」
真っ赤な嘘であった。彼女が首から上をとうてい動かせない状態であるとの報告を、私はもう受け取っている。
「何が楽しくてミイラごっこなど」
「ぐるぐる巻きにされるのも良いですよ。アポロさまも今度、是非」
「………」
くだらない嘘を吐き続けるその根性に呆れと安心が溶けるように広がる。けれど私の焦燥は堅く胃にめり込む。
「喜んでくれないんですか? 私はミッションを成功させました」
「……」
「言われた通りのものを、デスクへと届けさせたはずです。仲間にも確認をしたはずです」
成功と呼んで良いのだろうか。がこうして伏したこの状況を、喜ぶことなど出来るだろうか。
喜べるわけが無い。ひたすらに恨めしい。に無茶をさせたのは、職務を与えたのは紛れもない私だからだ。
「私、がんばりました。だからアポロさま笑ってください。笑って、私を誉めて」
「確かに、約束のものは受け取りましたよ。よくやりました。おまえは優秀な部下です」
この娘に私は何をもって応えてやれるのだろう。
触れて労ってやりたいが、の全ては包帯にくるまれていた。
精一杯の賛美を送ってみたが、目の前の包帯は悲しげだ。
「なんでそんな顔するんですか? 私は治るんですよ? 私は、アポロさまに笑って欲しいんです……」
思わず目頭に指をあてた。
そのまま、眉間に寄ってしまった皺を解すふりをした。次に顔を上げた時にはもう私は笑みを取り戻していた。
「何が治るって言うんです? ミイラごっこでは無かったのでは?」
痛いところを付かれ、困っている様子のその包帯女に私が寄り添えば、は私の笑顔を抱きしめようとして微かに腕を動かした。
愛しさが抑えられなくなって真っ白に塗りつぶされた体を抱きしめると、彼女も幸福を感じているのが分かった。なんて馬鹿な子だろう。今は幾重にも巻かれ奥に守られている彼女の熱を感じ、私はそっと目を閉じた。