あんまり雪ばかりを見てたからか、白の中にもたくさんの表情を見つけられるようになった頃の話だ。彼女が現れたのは。背後で雪の踏まれる音。サクリ、サクリというその音は久しく聞いてない人が雪を踏みしめる音だった。だというのに、そのヒトはいつも相手にしている野生ポケモンと変わらない殺気を視線に持っていた。おかしいな、グリーンが来るのはまだ先のはず。じゃあ足音の主は一体誰だ? 俺は肩越しに後ろをチラリと見た。その少しの視界に入ってきたのが彼女だった。
見た目に大した特徴は無かった。細く白い太股が見えて、女の子か、とだけ俺は認識した。そんなどうでも良い情報は、すぐ二の腕にあたる吹雪の冷たさがかっさらっていく。最終的に頭に残ったのは、彼女が後ろにつれているポケモンが、カントーでは見ることの無かった種類であること。それだけだった。
来たのか、ポケモントレーナーが。ここにたどり着けるほどの実力を持ったポケモントレーナーが。ヒトに向きなおる、という久しくしていない動き。それをしようとした、のに。
痛い。彼女と目が合った瞬間にそう感じた。まるで前後不覚だった暗闇の世界から、一気に真昼の太陽のすぐ下へと連れてこられたような感覚だった。目の奥をガリガリと引っかかれるような痛覚が走って、俺は縛り付けられたように動けなくなったんだ。
その子の目は痛いほどの鮮やかさを放っていた。見たこと無いモンスターボール、見たことの無いポケモン。けれどその子が身につける何ものよりも、瞳の色が一番、強烈な色を放っていた。刺さりそうな狂気を飼った両目の中に、瞬間感じた。
そうか、君は……。
彼女は俺と同じだ。同じ人種なんだ。すぐにそう知った。同じ瞳を持つ人間を俺は一人だけ知っている。鏡の中の男が持っていた。ただ強さだけを求めて、もう止まらなくなっているポケモントレーナー。親しい人の声も届かない世界に踏み入ってしまったどうしようもない人間。君もそうなんだろう。君も気づけば世界を取り残してここまで来てしまったんだ。
彼女は女の子で俺は男で、姿形はだいぶ違うけれど、胸の中にあるものはちょっとも違わない。ああ、俺たちは巡り会ったんだ。お互いの強さにひかれあって、ついに。
俺たちは同じ瞳を持っているもの同士。そんな人間の間に言葉は必要なかった。
彼女が腰のボールを手に取った。そうだよ、戦わなくちゃ。俺たちは強さを求めた末に出会ったんだ。戦わなくちゃ。戦わなくちゃ戦わなくちゃ戦わなくちゃ。
俺たちは無言でモンスターボールを空へ投げた。
ここ数日の野生ポケモンのとは比べモノにならないバトルだった。いや、今までのどれとも比べられないバトルだった。グリーンとのラストバトルを少し思い出したけれど、あれはずっと競いあってきた者同士のバトルだった。この子のことはよく知らない。
読み合いに次ぐ読み合い。十の策を考えれば、十の策を潰された。確定要素は常に無く、少しでも安定しそうな方へと舵を切るしかない。
ポケモンたちを信じ、望み薄の希望に何度賭けただろうか。
そして計算をねじ曲げてゆく、お互いの感情の高ぶり。
次第にシロガネ山の音という音全てが俺には聞こえなくなった。けれど意識が弱くなっていったわけじゃない。むしろその逆で、神経が研ぎ澄まされていく。バトルから外れた音を耳が拾わなくなっていくんだ。ポケモンの呼吸がこんなに自分のものと重なることは今まで無かった。ポケモンの息づかいは鮮明に感じたのに、あの時の自分が果たして息をしていたのか、俺は覚えていない。
俺と同じように、彼女は身振りだけでポケモンに指示を与えた。服がすれる音で彼女も俺も自分のポケモンと会話していた。音だけ聞いたら野生のポケモン同士の争いとそう変わりはない。お互いに口を開かない戦闘。ああやっぱり君は俺と同じなんだ。同じ異常者。生まれも性別も、使うポケモンも考え方も違う俺と君だけど、俺は自分のコピーと戦っている気がしてならなかった。君と俺は似ている。
その目の中には、俺が無意識につくった笑みなんて、映っていないんだろう。バトルは俺の勝利だった。