要約、僕は恥知らずで/02



 翌日、二度目のバトルをしかけてきた彼女の目にも、絶え間無く青白い火が点っているのを見つけて俺は嬉しくなった。彼女は二日続けて、俺を楽しませてくれている。柄にもなく、今日は良い日だ、なんて思った。手応えのある相手、自分と似たトレーナーを見つけたこともまた俺を胸を静かに踊らせる。俺が抱くそれを感じ取ったのだろう、ボールの中の彼らたちも、調子を上げていて、また良い気持ちになった。

 二戦目も、俺の勝ちだった。彼女はその顔に悔しさもなにも滲ませず、来たときと同じように去っていった。
最初に戦ったときもそうだった。負けたからといって彼女は表情らしい表情を露わにせず、ただ律儀に賞金を置いて空へ飛んで行ってしまった。
ある意味では冷静に見える彼女。けれど彼女が手持ちポケモンをボールに戻したとき、俺は少し怖かった。負けたからといって全くひるまない、どこか気が違ったその目があるために、ポケモンの代わりに彼女自身が噛みついてきそうだと思ったからだ。噛みつかれたらそれはそれで、また新鮮で面白いかもしれないけれど。

 今回のは当然のように手に入れた勝ち。けれど、何かが俺の中で引っかかっていた。彼女が繰り出させた技の種類が一戦目とは違った気がしたのだ。攻撃に次ぐ攻撃がワンパターンというか、ひねりがなかった。彼女、なにを考えているんだろう。もしかして、俺を調べてる?


(結構、あざといんだ)


明日も彼女は来るんだろう。そう思うと、シロガネ山の雪たちが表情を変えた気がした。とっくのとうに飽きた白色が、少しきらめいて見えた。








 そしてやってきた三戦目。最後に立っていたのは彼女のポケモンだった。

 パーティーは前回と同じ。バランスはほぼ完璧。ただ大きく変わった戦略に俺はあっと言う間に飲まれていった。
こだわりを捨てた技構成。彼女の新たな戦略。わずかに在る隙は見逃さなかったが、気づいた時にはすでに遅かった。その隙を突ける俺のピカチュウは倒されていた。彼女がわざわざ先発を有利でもないデンリュウにし、ハッサムを使ってまで効率の悪いごり押しをしかけた理由はそこにあったんだ。
徹底されすぎていたピカチュウ叩き。なぜあの挑発に乗ったんだろう。俺がエースを繰り出した瞬間に、状況はすでに詰められていた。あのデンリュウにこだわった瞬間、勝負は決まっていたんだ。

 今日こそ彼女は全力だった。ポケモンたちは彼女の全てで、彼女の全てと俺は戦った。言葉は残らなかった。
彼女に俺に勝ったことを喜ぶ様子は全く無かった。ポケモンをボールへ戻した後はただ、その場で白い息を吐いて立っていた。しばらく見つめ合った。けどそのうち彼女はつい、と視線を反らし、瀕死になったポケモンたちを抱える。そらをとぶ技はこのバトルのために忘れさせてしまったようだ。彼女は自らの足で走って去っていった。
雪景色に消えていく背中に待ってくれ、と言いたかった。けれど声にならなかった。


「………」


何年ぶりかに感じた敗者の気分が俺につきまとう。なんだか知らないけれど、ひどく腕が重い……。

 雪原に少し残された彼女の小ぶりな足跡を見つめながら俺は頭や胸にまとわりつく痛みをこらえていた。
 あの凶器みたいな瞳は抱えたまま、彼女は行ってしまった。瞳は、熱が収まらないと震えていた。そして俺も、衰え知らずの熱を抱え続けている。すべてを出し切ったことは間違いない。なのに、枯渇した部分からまた何かがわいてくる。眉間がまだ、ズキズキと痛むんだ。
行かないでほしかった。まだ俺はあの子の磨かれた狂気を感じていたい。あの子の顔が見たい。でも、あの子はきっとここには帰ってこない。


(そうだ、俺は負けたんだ……)


 俺を通過していってしまったあの少女。鈍く続くこの痛みを解消してくれそうな唯一の存在が、明日はもう来ないと気づいたとき、俺の視界に黒いものが現れた。自分では振り払えそうにない、暗い暗い影だった。