ようやくの好機を思ったのに/06


 完全に、グリーンだけだと思いこんでいた俺は不意をつかれて固まっていた。グリーンの背にほとんど隠れているけれど、気ままなかたちをしてる髪は間違いなくの持ち物だ。
つい、したこと無いはずのぽかん、と口を開けてる仕草をやってしまった。


「レッドと、知り合いなんだって? せっかくだからって俺が誘ったんだ」


 グリーンの言葉にこくんと彼女は頷いた。相変わらず俺の目を見ない。会いたいと思っていた二人にいっぺんに会えるなんて思ってもなかった。


「せっかくだから上まで昇って、すぐ飯にしようぜ。レッド、俺が来てやったんだから修行は中断な」
「……ああ」
「あと荷物半分持てよ」


分かった、と手をグリーンに差し出すと、それは軽くはじかれた。どうして、と思ってグリーンを見るとグリーンはなんだか苛ついた顔をしていた。


「違う、俺のじゃなくてのを持ってやれって!」


 ああ、そういう意味だったのか。
 がずっとグリーンの影にいるもんだから気づかなかった。も自分の荷物である斜めがけ鞄とは別に、そこそこ大きなリュックを抱えていたのだ。


「………」
「………」

 手を差し出した。なのには固まったままだ。何か声をかけてやれ!とグリーンが耳打ちしてきた。少し考えて、俺は言う。


「……持つ」
「わたし平気です」


あっけなく断られてしまった。平気だとが言っても、が抱えてる荷物は多い。


「………は女の子だから」


 ほとんど奪うようにして彼女のリュックを取り上げた。なんだこれ。取り上げたリュックは結構な重さだった。これを手で持つのはきついと重い、大した中身の無い自分のリュックは手で持ってパンパンな方のリュックは背負うことにした。
 今日のも前回みたくうつむき加減。こっちを見ない。表情が分からないのはなんだかむずがゆかった。……俺はこんなに人の顔色を伺うような人間じゃなかったはずだ。


「……ありがとう」


 内心でうろたえている俺とは対照的に、冷たい声が肩の高さから聞こえた。


「俺も、ありがとう」


 ここしばらくの悩みの種が来てくれてよかった。記憶や幻想相手にぐるぐる悩むのは疲れてイヤになってたところだった。本物に会えてよかったと思う。……本物だよな? グリーンが連れてきたんだから大丈夫だろう、たぶん。

グリーンにも、あとで言わなければ。ありがとう、と。今回は何回ありがとうが必要なんだろうか。グリーンの事だから、きっと一言で分かった分かったって言うと思うけれど。
ふと顔をあげるとグリーンはずいぶん先を歩いていた。こんなに歩くの早いやつだっただろうか? まあ昔からマイペースなやつだけれど。



「久しぶりだね」


の声に振り返ると、彼女はピカチュウの前にしゃがみこんでいた。わざわざ目線を合わせがらピカチュウの頭を撫ている。ほとんど鬼を背負ったようなしか見たことがなかったけれど、今の彼女は穏やかだった。この前に賞金を取りに来たときも噛みしめられていた唇は、圧するものがなくなって、今は柔らかそう。


「……来い」
「ピカ!」


上に行こうって、さっきグリーンが言っただろ。いつまでも一人と一匹が動こうとしないので、俺は耐えきれずピカチュウを呼び戻した。










夜ご飯はレトルトのシチューだった。それに缶詰のパンと温かな紅茶を組み合わせれば体はかなり温められた。その上、グリーンとという人間がこの場にプラスされると、かなり気分が違う。当たり前だけれど一人でする食事と、多人数でする食事は違った。グリーンの話を聞きながら食べると、必然的にゆっくりと食事をとることになる。その間にシチューは冷えるけど、グリーンが喋ってることの方が大事だ。
体に染みてくシチューとグリーンの声。適温がじわじわと俺を染めていく。前会ったときはこんな風には感じなかった。シロガネ山を見飽きてる証拠なんだろう。たき火に揺れるグリーンの影も、ちょっとはおもしろく見えてくる。
俺は少し変わってしまったんだ。それをグリーンに言い出したかったけれど、なんとなく、本当になんとなくの存在が気になって言い出せなかった。

は輪の中で――でも俺より少しグリーン寄りの場所に――こじんまりと座っていた。膝を抱え、体を小さくしながら紅茶の湯気を見つめている。バトルの結果に文句を言うつもりはないけれど、こんなちんまりとした少女が俺のポケモンと破ったのだと思うと今でも信じられない。

彼女がこの場になじんで、落ち着いているのを見計らってから、俺はこの前言えなかったことを、言った。


「バトルしよう」
「イヤです」
「バトルだ」


がどう言おうと、今日という今日は戦わなければ気が済まない。いろいろと、俺の周りでは説明のつかない事がうずまいていて、それを片づけなければならないと思うのだ。なるべく早く、不快感から解放されたいとも思っている。このままではシロガネ山にいられなくなってしまう。俺はまだまだ戦いたい。今シロガネ山を下りるなんて考えられなかった。君を追いかけるか否か、なんて悩みからもう、抜け出したいんだ。
モンスターボールを取り出して突きつけた。俺は戦いたいんだ。


「ストーップ!」


強引に詰め寄った俺とそれに後ずさりをした。その間に入ってきて邪魔したのはグリーンだった。


「………」
「まあまあまあ、そう睨むな! レッド、落ち着けよ! なっ?」
「イヤなものはイヤなの」
「おい、……!」


グリーンの背に隠れながらは言い放った。その言葉で、俺の中のいろんなものを崩れた。俺のことなんてちょっとも見ないで、そんな、グリーンの背中にかばわれながらイヤだ、なんて言うのか?


「何が」


何がイヤなんだ?
だってポケモントレーナーだ。バトルは嫌いじゃないだろ?
ぶわっと口から流れ出てしまいそうな激しい感情が、ひどい言葉が、いくつも喉元まで沸き上がる。この気持ち悪さが俺しか感じていないんだ。そう思うと目の前が赤く染まるようだった。


「俺がイヤ?」
「か、勘違いするなよレッド!? は別におまえが嫌いなんじゃなくって、ただトレーナーとしてここに来たんじゃないっていうか、なんつーか!」
「だったら、何」
「おまえ……。そこは察しろ!」
「……?」
「とりあえずだ、そんなにカッカしないで落ち着いてくれよ、頼むから」
「……レッド、怒ってるの?」


そう、が怯えた目でこちらを見てくる。グリーンの背から、まるで弱い生き物みたいに。そんな目でこっちを見ないでほしい。
俺が怒っているかって? どうやらそうみたいだ。今も不満が溢れてくる。


「わたし、外いきます」
「おまえ、帰らないよな?」
「外にいくだけ」
「そっか……。ならいいや。気をつけろよー」


グリーンの忠告に、返事は帰ってこなかった。小さな背、その小ささらしく静かに去っていく。あーあ。グリーンの誰かを責めるため息が洞窟内に響いた。