苦し紛れなのですか/08


「俺、ちょっとに声かけてくるよ。中に戻るよう言ってくる。が強いって言ったって、夜なんだし、さすがにな……」


 話がひと段落したと判断したらしいグリーンは、そう言ってを追いかけ外へ行ってしまった。
そこまでは別に良かった。さすがにグリーンは気が利く。自分を前にするとはあまり良い顔をしてくれないし、グリーンが声をかけるのが無難だろうと俺は思った。その時は。

でも、やっぱり俺は変になっていた。
今、とグリーンのふたりが何を話しているのかが気になってしょうがない。ふたりが何を話そうと俺には関係無いはずなのに、すごく知りたいと思う。自分の見ていないところでの二人が分からなくてむずがゆい。二人で楽しく話してるんだろうか。

近い距離で、笑い合いながらしゃべるグリーンとが頭の中に浮かんだ。


「……っ」


瞬間、思考は停止。もしくはぐるぐると廻って、堂々巡りを起こしている。

落ち着くんだ、俺。だいじょうぶだから。笑い声は、実際には聞こえてきていないから。グリーンとだって会ったばかりだと言っていたし。ポケモンセンターで偶然出くわしたんだ、と。でも、はグリーンすごく懐いているように見えた。さっきもグリーンの背中に隠れたりなんかしてた。それはグリーンを頼りにしているからの行動なんだろう。グリーンを頼ってしまう気持ちは分かる。人をコテン、と寄りかからせてしまうようなところが、グリーンにはある。

初めてグリーンの持つものが羨ましくなった。
話せている二人がうらめしい。グリーンを羨んでしまう自分はもっとうらめしい。

 早く戻ってきて欲しい。さっきからずいぶん時間が経っている、と思う。ねえ、長い時間ふたりでどうしているの。あとどれだけ俺は醜い感情に苛まれなくちゃならいんだ。次第にじっと座っているのが耐えられなくなってきて、俺は思う。グリーンとを、追いかけようか?


(あ……)


ちょっと前にも、同じようなことを考えていた。俺を勝ち越していったがどうしているのか知りたくて、思ったんだよな。そんなに気になるんならのこと追いかけてしまおうか、って。


(また、この繰り返し……)


“そのうちどうにかなるって”。今はグリーンの言葉を信じるしか俺には出来ないと思った。

でも、そのうちっていつだろう?

 “もしかして、この悩みは永遠に続くのか?”なんて下向きの考えにとらわれて、俺が絶望しかかった時、グリーンとはは戻ってきた。
暗い気分は顔に出ていたみたいだ。グリーンに呆れ顔でこづかれた時はびっくりした。痛くはなかった。けどいきなりたたかれて、そして引き戻された視界の中でいきなりと目があって、俺はひどく動転した。目があったのはほんの一瞬だった。今、目があった?と思ったときにはもうは自分の足下を見ていた。たったそれだけのこと。けど俺を混乱させるには十分だった。どういう顔をしたら良いのか分からなくなった、そんな俺に、グリーンのこのフォロー。


『なんだかレッドは眠いみたいだから、今日はもう寝ちまうか』


これに俺はすごく助けられた。
ピカチュウのフラッシュが徐々に弱められて、明かりはリザードンの尻尾の炎だけになり、周りが薄暗くなる。そうなれば深まった暗闇が、紛れさせてくれた。俺のごちゃつく考えをすべて、そこに無いように見せてくれた。

自分の考えがどんどん、密かなものになっていく。の目からもグリーンの目からも隠されていく。暗いのって、悪くないな。そう思えたのは最初だけだった。

 せり上がってきた眠気。くぁ、と俺はあくびをかみ殺す。朝になってもシロガネ山は薄暗い。雪を作り出す雲がたまって、朝日を遮っているからだ。雲よりも高い、山頂付近までへと登ってしまえばそれはそれは目に痛い真っ白な景色が見られるけど、ここはあいにく中腹。まだ雲の下である。

正直天気が曇りで良かったと思っている。あまり寝れなかった体に強い光は避けたかった。そう、昨夜俺は全く眠れなかった。ほんとうに全く。一睡もできなかった。原因は、。彼女が俺のすぐ横で寝ている。そう思っただけでなんだか眠る気分にはなれなかった。背中にを感じながら洞窟の壁を見つめているだけの時間はすごく長く感じられた。かすかな彼女の寝息は耳が勝手に拾ってしまうし、何の前触れもなく起きるの身じろぎに、何度息が止まりそうになっただろう。
彼女の一挙一動に振り回されて、自分を押し殺す夜は明けた。あんなに大変だったのに、明けてしまった、なんて思う自分もいる。

はぁ、と吐いた息が白く流れていく。つい、指や腕を手で擦った。


「寒いか?」


頷くと、グリーンは苦笑した。


「全く、3年目でようやく防寒具の登場か。なんか探しといてやるよ。近いうちに、そうだな、にでも持たせる」
「ありがとう。でも、なんで?」
「ばっ……、なんでって……!」


おまえとが会うきっかけになるだろ!
そう、耳打ちされた。なるほど、に何か持たせて俺に会うきっかけを作ろうとしているのか。が俺の前に現れるように仕向ける。ちょっとずるいやり方な気もしたけれど、ただ待つよりはずっと賢いとも思った。
でも……、


「なんで分かったんだ?」


俺がにまた会いたいって思っていること。なるべく多く会えた方が嬉しいと思っていること。どうしてグリーンにバレているんだろう。


「そう思うのがフツーなんだよ」
「ふつー?」
「そ。フツー。おまえは確かに前に比べると変になってる。けど普通のことなんだよ。誰でもみんな、ちょっと頭がおかしくなるもんなの。だからあんまり悩みすぎるなよ」


予想外の言葉だった。そうか、普通なのか。変になることが普通。字面にはちょっと矛盾ががあるように見えるけど、グリーンの顔は決して嘘はついてない。
こんな俺を普通と言い切るなんて、グリーンにはずいぶんいろんなことが分かっているようだ。案外、グリーンに聞けばすべての答えが簡単に手に入るのかもしれない。でも俺がそれをすることは無いだろう。俺はそこまで墜ちた男じゃない。

バトルと同じだ。勝利とも似ている。手に入れたいものは自分の手で、つかまなきゃ。

同じく起きていたは、自分のポケモンを出していた。ポケモンの羽の様子を見ている。





またがってスキンシップをとっている彼女の名を、呼べばはその場で身をこわばらせた。
反応はしている。けれどまたは足下の雪ばかりを見て、こちらを向かない。しょうがないことなんだ、と自分に言い聞かせる。今は、しょうがない。いつかこっちに向かせよう。


「また、会いに来てよ……」


は頷かなかった。この反応は予想済みだ。
だから俺は、眠れなかった時間で考えた妥協案を口にする。


「バトルはしなくて良いから」


それは苦し紛れの言葉だった。本心に反した言葉だった。

今も俺はがまたがるポケモンがすごく気になる。またがっている、ということはどうやら、そらをとぶを覚えなおさせたみたいだ。技の構成を変えたのかな、対戦したらどうなるかな、なんてことがすぐに気になり始める。条件反射で繰り広げられる思考。俺はこれを捨てられるかな。いや、捨てると決めたんだ、の前だけでも。

とバトルはしたい。やっぱり俺にはこれしかないと思うから。けれど、その気持ちはひとまず忘れよう。まずは会いたい。に会いたい。どこにいるの、と不安になるよりは、その姿を近くに感じていたい。他のことは、顔を見たその次に考えようと思った。


「ほんとう?」


久しぶりに彼女が俺を見た気がする。
曇り空の下に届いたわずかな朝日を取り込んだ、きらきらと輝く目だった。俺がほんとう、と告げるとまたその目が光を取り込んだ。

彼女はこんな目をした人だっただろうか。丸くて、ビー玉のように透き通った目。初めてあった時とはずいぶん違う光。けれどこれはこれでまた、見ていたいと思わさせられた。