※狂おしい恋をしているセレナちゃんを書きたかった
※ので、完全な失恋でも無いけれどちょっと悲しい話です





 私は同姓に恋をしてしまったけれど、を好きになったのは彼女が女の子だから、ではない。の優しい雰囲気とか甘そうな体のかたちだとか。女の子に生まれたがゆえのの魅力に惹かれてやまないのだから、彼女が女の子だったとうのは私が恋した、重大なきっかけには違いない。けど私の心臓は、が同姓か異性かというのを全く、前提とも条件とも思わないで、にだけ反応するようになってしまったのだ。

「セレナ」

 に名前を呼ばれると、つらい。彼女の唇の動きがいっそう気になってしまう。
 顔をのぞき込まれて微笑まれると、嬉しくて困り果てる。

「新しい帽子も似合ってるね」
「あ、ありがとう……」
「隠さないでもっと見せてよ」

 自分の頭に視線が止まるのが恥ずかしくて帽子をとってに渡した。
 ものすごく軽いものを包み込むようにして受け取る仕草。は私の帽子の表情を一周回して確かめると、言葉無しにひとつ頷いた。

「やっぱりセレナの頭にあるのが一番似合うね!」

 私の頭に直接返された帽子。
 遠く退いていく桃色の指先に目を奪われた。この人が、私が恋している人。

「どこかいつも行ってるお店でもあるの?」

 そう聞かれて、ひとつの願いを持った。願いを口にした時の私の声といったら、みっともなく裏がえっていた。

「ハクダンシティに帽子専門のお店があるの。いい、一緒に、行かない?」

 花咲く笑顔で、行きたい、行きたいよって繰り返し言われて、私は自分の体がなくなってしまったのか思った。体重がなくなって、絶対に浮かび上がってる。そんな気持ちになっていた。



 待ち合わせ場所は、と一緒にメイスイタウンに決めた。私がアサメまで迎えに行くよって言ったのだけど、は、

「アサメまで帰ってくるの大変でしょ? わたし、ポケモン持ってないけど、アサメの小道くらいはいつも行ってるから大丈夫だよ」

そう言って聞いてくれなかった。
 本当に、のためなら町ひとつくらいなんとも無いのに。むしろ迎えに行かせて欲しいのに。どうも納得が行かなくて食い下がる私に、「でもハクダンの森はちょっと怖いから、そこからはセレナと一緒がいいな」という言葉を持ってきたのだからはずるい。私は何も言えなくなってしまった。

 少し早めに向かったはずなのに先に着いたのはの方だった。メイスイタウンの橋の入り口で、ひとり立つは、他の誰でもない私を待っている。それだけで顔が熱くなる。

「セレナー!」
「ごめん、待たせて」
「ううん。わたしが早く来すぎたの。やった、今日はセレナとデートだ!」

 デートって女の子同士でも茶化して言うって分かってる。けれどその言葉を受け取るのは下心を持つ私だ。
 はそんなの意識していないって、分かっているのに。
 私は何度も小刻みに、首を縦に振って同意した。


 とハクダンのブティックに行くことになってから、私は何回このデートを夢で見ただろう。そして何度想像を膨らませただろう。
 ハクダンの森では並んで歩いて、野生のポケモンが出てきたら私を頼りにしてもらうの。はトレーナーじゃないからもしもの時は私が守ってあげなきゃ。もし、が薄暗い森を怖がったら、私は彼女の手を繋いで一緒に森を抜けよう。
 お店に着いたらお互いの頭に帽子をかぶせあって、どれが似合う、どっちのが似合うとか言い合って。にこれが似合うよ、かわいいよって選んであげると、のことだから「そんなこと無いよ」とか赤くなった顔で否定するんだよね。きっと。
 それで、買い物が終わったらふたりで噴水に腰掛けるの。と過ごす時間はきっとあっと言う間。気づけば夕方になってるはずだから、疲れたねって言って、ジュースを飲むの。
 現実には歯が立たないシミュレーションだと分かっていても、私は何度も思い続けた。

 妄想じゃない本当のデートは言うまでもなく、妄想以上に楽しかった。

 ハクダンの森で結局手は繋げなかったけど、は草むらのかげにピカチュウやヤナップたちを見つけるといちいち私の元に駆け寄って報告した。木漏れ日をの色を散りばめられたの髪が、いつもと違う表情を見せて、私の視線を奪った。

 ブティックで、帽子のかぶせあいならした。私はに一番似合う帽子を選んであげた。それでに本気で真剣な「可愛い」を言うと、やっぱりのことだからそれを赤い顔して「そんなこと無いよ」と否定した。
 でも彼女にはその先がある。私の言葉を真に受けて最後の最後までその帽子を被ったまま鏡の前でじっと帽子を見つめて。
 そして噴水のへりに腰掛けてジュースを飲む彼女の頭には、私が選んだ帽子が乗っている。その帽子につけた飾りの造花は、私のつけているものと色違いだったりする。

 私の想像してるが、本物の彼女に勝てるはずなかった。暮れかけの空の光を浴びて、風を受けてる造花。私の気持ちはもうすぐ焦げる。

 と一緒に二人きりというだけでずっと私の心臓は落ち着いてくれなかった。そのせいか、予想以上に体がぐったりと疲れを訴えている。今は噴水のへりに座り込んで足を休めているところだ。私、本当どこまでもに振り回されてる。
 疲れて、甘いミックスオレを体が求めているはずなのに。私はさっきからのどを通るジュースの味が分からない。逃避気味にがぶ飲みしてしまったミックスオレが私の心臓の下で揺れて、少し気持ち悪かった。

「セレナ。わたし、今日すごく楽しかったよ」
「あ……、私、も」
「メイスイから先に行ったのって久しぶりだったなぁ。ほら、わたし、自分のポケモン持ってないから。ハクダンの森にピカチュウ、いたね! すごい可愛かったなぁ……」
「ピカチュウ好きなの?」
「うん、一番好きかな。でもそれは今知ってるポケモンの中だからなぁ……。もしかしたらこの世界には、もっと好きになっちゃうポケモンがいるかもしれないね」

 ざあ、と後ろから冷たい風が吹いて、背筋をなでるようにして服の中を通り過ぎていく。

「……わたしもセレナみたいにプラターヌ博士に会って、旅に出たいな」

 私を見ないまま、は続けた。

「セレナみたいにすごいトレーナーにはなれないかもしれないけど、でもきっと、旅に出たらたくさんの出会いが待ってるんだなぁって思ってる。人も、ポケモンも。それに見たことのない景色とも、わたしは出会いたい」

 なんて返事をしたら良いか分からなかった。
 旅を共にしてくれる最初の一匹を受け取る権利を持っていながらそれをしなかった、彼女の家庭の事情を私は知っていた。
 言葉が出てこなくなってしまった私を気遣ったのか、は軽く口調で付け足す。

「……なーんて、時々思うの。思うだけだよ。やっぱりわたしは、今は旅よりも家のことの方が大事って分かってるから。セレナだってそう思うでしょ?」
「そう、ね」

 本当はそうじゃない。が自分を優先しても、誰ものことを責めたりしない。けれど私に同意を求めたのはが自分に言い聞かせるためだろうと思ったから、否定することは出来なかった。
 自分以外のものを優先していくと決めた彼女の背伸びと強がりを否定して、自分のために生きてなんて無責任なこと、言えるはずなかった。

 ああ私が、彼女の友達ではなくて、の人生の責任を一緒に背負える人だったら良いのに。
 噴水のへりにそっと乗っている手を、握りしめたい。そう叫ぶのは私の下心ではない別の何かだった。

「ね、プラターヌ博士ってどんな人だった?」
「え……?」
「セレナにいろいろ聞いてみたいの。セレナが感じたこと。噂ではすごくかっこいい人だってね」
「まぁかっこいい、のかな」
「やっぱりそうなんだ。でもかっこいいっていうのも色んな種類があるでしょ? 頼りになるかっこよさの人とか、美形の人とか……」
「顔もだけど、ロマンチックな雰囲気のある人って言ったら良いのかしら。情熱的なところもあると思うけど。すごく頭が良い人なのに親しみやすさもあって、それで人気があるんだと思う」
「へぇー!」

 やきもちだった。があんまりプラターヌ博士に興味を示すから、私はムッとして口走ってしまった。

「……、プラターヌ博士のこと好きになったら、だめ」

 口走ってから、酷く後悔したけれど。

「セレナ……?」
「ごめん、今の忘れて」
「もしかして、セレナの好きな人ってプラターヌ博士?」
「ち、違う! って、私好きな人いるってに話した?」
「ううん。直接は言われてないよ? でも分かるよ。最近のセレナ、少しヘンだもん。いつも顔がぽーっとしてる」

 にそんな風に見られてたなんて。なにも言えなくなって私の口はぱくぱくと空気をかんだ。

「最近は特にきらきらして見える」
「……プラターヌ博士なんて好きじゃない」
「じゃあやっぱりカルム?」
には絶対に言わないわ」
「やっぱりプラターヌ博士なんでしょ。そうじゃないとさっきの台詞の意味が分からないよ」
「だから忘れってってば……!」
「えー。ヒントちょうだい?」
「だめ」
「ふーん。へー」
「………」
「まぁ、相手が誰でも、わたし、セレナのこと応援してるよ」
「……っ」
「セレナのことだからわたしの応援なんて無くても大丈夫な気がするけど」

 応援してるなんて言葉は私が恋しているのが誰か分かってない証拠だ。だから聞きたくないのに、の気持ちは否定する勇気なんて無かった。「応援なんてしないで」って正直な気持ちを言って、との関係を壊れるなんて考えたくもない。
 沈黙を、ざあざあと水を打ち上げる噴水の音が包み込む。どしゃ降りみたいな音。それが次の一瞬、すべて聞こえなくなった。私にたったひとつ聞こえていたのは私の手にの手が重なった音。

「セレナ、頑張ってね」

 して欲しくない応援と、ずっと恋い焦がれていた柔らかな肌を同時にくれた彼女は、ひどい女の子だ。


 私はその夜、ポケモンセンターでもなく野宿でもなく、珍しく家に帰った。自分の部屋、やわらかなシーツにくるまりベッドの中でむせび泣いた。
 とのデートは、もちろん楽しかったけれども、緊張して辛くて、振り回されるし言えないことばっかり。何も分かってくれてないにえぐいこと言われてしまうし、私は本当にくたびれた。なのに、あの応援に嫌悪感を抱きながらも、私は確かに喜びを感じてた。嫌だ、と思う気持ちよりも愛しさが勝っていた。
 だから私は夜のベッドで泣いている。

 手が重なりあった。たったそれだけなのに私は遙か上の天国を見た気になった。そして愚かにも、私はまだこの恋を続けたいと願ったのだ。