※スーツの描写だけ、リメダイゴさん設定です。故にネタバレあります。
※あんま夢っぽくないかも

広い意味での二次創作として読んでくださるとうれしいです……






 記録的な大雨の夜だった、スーツの上着を失った、シャツ姿の男を拾ったのは。

 私は役立たずの傘の中から亡霊のようなその男を視線を奪われていた。雨をずっしりと染み込んで首に貼りついていた赤いスカーフが無垢と忠誠を人間に誓った名ガーディを想起させる。決して良い意味ではない。その男が小型のポケモンに見えるほど面目を失った様であったという意味だ。
 奇怪な男だと思った。だってシャツ姿のずぶ濡れで、空を仰ぐようにぼうっと突っ立って、しかも手に握っていたのは拳より一回り大きい石なのだ。この状況に疑問ばかりが浮かんだが、一番不可思議に思ったのはやはり、彼が握りしめていた石のことだった。
 全てを洗い流すような大雨で、早く家に帰らなければと焦る中でも目が離せなるくらいの奇人として彼は私の目の前をさまよった。


「ねえ」


 彼に声をかけたのは私の方であった。


「来なさい」


 雨粒が地面に当たって打ち砕かれる音で声がかき消える中、気がつけば彼に、やはり人間でなくガーディに出す命令のように張り上げていた。




「そこで待ってて」


 ずぶ濡れの彼をマンションの玄関でとどまらせ、駆け足でバスタオルを取りに行く。戻ってみると、彼は顔に張り付いていた髪をかきあげた後だった。玄関のライトに照らされてやっとその奇人の顔がよく見えた。


「……、ほら」
「ありがとう、でもまずは君が」
「いいから。足下拭いてください。シャワー、奥なんで。うちの廊下まで濡れるでしょ」


 私が強い口調で言っても彼は青白い顔のままだ。白い指でタオルを受け取ると、彼はまず腰のモンスターボールをひと拭きし、それから顔を拭った。寒さで血の気がひいた肌と冷たい色の髪と合わさる。
 彼は、こういった表現が正しいか分からないが、完成された顔立ちの男だった。彫刻になるような美しさとは違うかもしれない。美しさよりも、欠けようのない彼というものを映し出したそんな顔立ちだと感じたのだ。


「シャワー、説明しなくてもだいたい使い方分かりますよね。温度調節はこっち捻ってください。あとこれ、一番大きいシャツ。こっちはスウェットのパンツなのであなたでも入ると思います。これで我慢してもらいますから。……それじゃあ」


 必要なものだけ置いて洗面所のドアを閉める。重い息を吐きうつむくと、我が家の短い廊下に男の足跡が点々と残っていた。玄関に並べていた私の靴は漏れなく彼から落ちた滴を受けていた。

 じっとりと濡れた服の処理をし、鞄の中身を救出し、震える体のために部屋着をいつもより多く着込む。適当にテレビのチャンネルを回していれば、少し長めのシャワーを終えた彼がリビングに現れた。


「シャワー、ありがとう」
「いいえ。どう? 寒気とか。部屋もう少し暖めます?」
「ううん。大丈夫だ」


 返事は、先ほどの寒さにこわばっていた時よりはずいぶん柔らかい声色をしていた。


「ま、どうぞ座って」


 そうは勧めたものの生憎一人暮らしの人間を満たせれば良い小さなソファ。人がひとり増えただけで肩身が狭い。ソファに横に座る私が足をのばせばふくらはぎが彼に乗ってしまう、そんな距離に彼は位置取った。

 彼の髪質はとても細いようだ。シャワーから出てタオルドライをすませるとすぐさま乾き始め、暖房の風に流れた。私の普段使いのシャンプーは彼の髪にも効いたらしい。一時間もしないうちに、しっかりと頭部に光の輪が出来ていた。私がその頭に釘付けになった。
 それと、彼が未だ握りしめている石。不可思議で、いくら考えても納得のいかないその存在に私は皮肉を送った。


「それ、まだ握りしめてるんです? まさかその石で誰か殴り殺しに行くとこだったんですか?」
「………」


 彼は呆然と自分の握っていた石を見ている。返事がない。返しの言葉に困らせたようだ。


「冗談ですよ」


 ただその石を大切なものであるように握りしめているのは極めて不思議である。


「……君にはこれがそんな風に見えるんだね。石が怖いものに見える」
「別に。石にしか見えません」


 怖がっていると見られたのがしゃくに障ってつっけんどんな返事をすると、あっと言う間に会話は途切れた。

 尚、雨は降る。じゃんじゃん降る。容赦ない打撃音にテレビの音はやや負けている。


「……あそで何をしてたんです?」
「まぁ、特に何も」
「じゃあどっか屋根があるところにいれば良かったのに。さすがにこの雨の中、あんな軽装でうろついていたら命に関わりますよ」
「そうかな」
「……この辺の人じゃないですよね。どこから来たんです」
「素性は、明かしたくないんだ」


 世話してやったのに自分のことを話せないと来たか。むっ、ときて隠さずにそれを顔に出せば彼はやっと表情に変化を見せた。すまなそうにした苦笑いだ。


「僕を心配してくれてありがとう、もう出てくよ」
「この雨の中? 親切にしてあげたのにそう言われたのはもちろん不快ですけど」
「ごめん」


 彼の言葉に私は大きくため息をついた。彼は弱ったような表情を深める。眉を下げると彼は可哀想に見え、まるで自分が悪者になった気分になる。
 この男はこうして、自分の身なり、持ち得た美貌で得をしてきたに違いなかった。


「別に、いいですよ。あなたが誰だって。大雨の中また追い出す方がもっと後味が悪いので勘弁してください。この先で死なれたら、責任感じます」


 でしょ? そう言って視線を投げると、彼は反論できないようだった。
 先ほどの苦笑いを思い返す。悪人だって苦笑いはできるけど。本当にすまなそうだった。


「僕、男なんだけどな」
「暴漢には見えないし」
「……人を見た目で判断しちゃだめだよ」
「他に判断材料がないですからね、しょうがない。そもそもあなたが教えてくれないのが悪い。濡れるの大好き、石も大好きなただの変人だと、思っておきます」


 素性を知られたくないというのなら。私は彼の望む通り、彼から受ける印象を深追いすることをやめた。
 詮索されて困る後ろめたい身の上なのだろう。まさか犯罪者ではないと思うが。

 人は見かけに寄らないと言う。今の時点で彼を善人か悪人か判断をつけるのは早計だろう。そう思いつつも、さっき彼へ放った暴漢に見えないという言葉は本気の言葉だった。
 襟足や爪は適切な長さ。彼の悪印象を与えないための気遣われた身綺麗さが、異質ではあるけども、やはり私に悪い印象を抱かせない。

 カーテンをしっかり締め切ると、部屋を揺らしていた雨音が少し軽くなる。けれど降り続くそれは明日確実に耳に残りそうだ。


「……石、どっかに置きません?」
「僕が君をこれで殴らないために?」
「あなたは自分の大切なもので殺人を犯す人なんですか? もーどーでもいいです。あなたが落ち着くところに置いてください」
「ありがとう、君の言うとおり、これは僕の大切なものなんだ」


 感謝の言葉に唇を色づかせ、ずっと持ち歩いていたそれを彼はそっと部屋のすみに置いた。