と出会ったのは、まぶしい光の中だった。ぼくは台の上に乗せられて、無数の人に囲まれていたのだけれど、この世界と繋がったばかりのぼくには何も分からなかった。
 ここはどこ? 何が起こったのと、ぼくはぴーぴー鳴きわめく。首を上げた僕は目をこらすけれど、まぶしい上に全てが何重にも見えてよく分からない。
 柔らかい声がふりかかる。

「おはよう、アマルス」

 ぼくが目を開いて一番最初に分かったもの。それがだった。声がする方へ首を伸ばしたちょっと先にいたのがだったからだ。

「復元成功ですね!」
「おめでとうございます」
「ええ。でもまだ安心できません。このアマルスは私たちの都合で蘇らせてしまったポケモンです。私たちには責任があります。このアマルスが――」

 ぼくを見つめる、の濡れた瞳で、ぼくはこの人から何かを感じ取った。なんだっけ。何か、暖かいもの。とりあえず、優しそうな人だなと、思ったんだけれど。






 その人は今、薄暗い部屋の中。いつもの白い服を着て、何も読みとれない表情ではパソコンと向き合っている。を取り巻くように積まれた、紙の束と本の山。それと、紙の箱の中に納められた無数の石。
 あれらは化石というらしい。
 ぼくも、あの化石だった時があったらしい。「あなたも化石だったのよ」って、が言っていた。
 たくさんの化石を集めているのも、化石をぼくにしたのも、が「研究者」だから。「研究者」は古代のポケモンを知りたいらしい。古代のポケモンを知るためにぼくを「復元」したって、が言っていた。
 古代とはなんだろう。復元とはなんだろう。ぼくにはよく分からない。

 いつか崩れて押しつぶしそうなくらいの物たちに囲まれてるは、パソコンに向かったまま、ぼくを見てくれない。

(こっち向いてよ)

 一声鳴いてみる。ちらりとはぼくを見たけれど、パソコンの方が良いらしい。元に戻ってしまった。
 そんなのやめて遊んでほしいんだけどな。ここにはぼくとしかいないんだし。

 ぼくが化石だったのなら、そこらに転がっている石からもいつかぼくの仲間が出てくるのだろうか。仲間に会ってみたいとは思う。けれど、ぼくは会いたくないなとも思う。その仲間と遊ぶことより、をとられてしまう不安の方が大きいだから。

 ぼくとはいつの間にか二人きりになっていた。
 生まれた時にいた、あの白い部屋には最近行ってないなぁ。の仲間の白い人たちも見ていない。それから海も見ていない。そういえば、目の痛くなるような青すぎる空も見ていない。
 振り返ると、窓からは白い雪を被った山が見える。空は薄曇り。この景色の中だとぼくはふしぎに体が軽くて、毎日が楽しい。



 もう一度呼ぶ。
 外は雪が降って、散歩したら気持ちよさそうだよ。

 あ、今度は無視された。
 気づいているはずなのに何にも反応をくれなかったにつまらない気持ちがむくむくと膨れ上がって、ぼくは前足を踏みならした。

「ちょ、ちょっと!」

 やっとぼくを見た! そう喜んでいられたのはほんの少しの間だけだった。ぼくの動きで積み上げられた物たちがバランスを崩したからだ。
 紙はひらひらずざざ。化石はごろごろという音を立てながらぼくの上に降ってくる。

 とっさに目をつぶってうずくまる。化石の雨は地味に痛い。あっと言う間に、ぼくはぼくだったものの中に埋まってしまった。

「アマルス、アマルスっ!」

 塞がれた視界の中、の声がする。ぐんと首を伸ばすと、化石の層を突き破って、心配そうに物をかき分けるを見つけた。
 辺りを見回すと、ぼくの体は見事に紙の箱と化石に埋もれてしまっている。ぐっと足に力を入れると難なく立ち上がることができた。

だ)
「ケガしてない?」
、遊ぼう)
「ちょっと落ち着きなさい。またなだれ起きるから!」
(遊ぼう!)
「あー、もう……」

 大きなため息をついて、がイスにかけっぱなしにしていたコートをとった。

「片づけは後!」
?)
「散歩。行こ」








 ぼくたちが一緒に歩き始めると、ちょうど雪が空から降ってきた。冷たくて気持ちの良い雪がぼくは嬉しくての周りを飛び跳ねる。

「元気そうね」
(うん、楽しい!)
「やっぱりフウジョタウンの気候はあなたに合ってるみたい。……ううん、ショウヨウが暑すぎたのよね。暑い上に海からの風も強かったもの」

 岩の上の雪を払ったそこには座り込んだ。ぼくがじっと見つめると、はカバンから木の実を取り出してぼくひとつ。そして他は遠くへ投げた。
 急に落ちてきた木の実に顔を出したのはデリバードやニューラたちだ。
 白の丘からちらつくデリバードたちが気になりながらも、ぼくはそっとの横に座った。

「まだ友達にはなれない、か。まぁ野生のポケモンだものね」

 そういうわけじゃないんだけど。
 ぼくはのそばにいなきゃと思ったから、そうしたまでだ。
 をぼくは守らなくてはいけないし、それには……。えっと、何だっけ。

「……っへっくし! うー……。ごめん、ごめん。アマルスは寒いのは本当に平気なのね。わたしはまだちょっと体が慣れてくれなくて」

 の手が伸びてきて、ぼくのひれをそっと撫でる。

「きれい」

 そう思うのならもっと触って。ぼくは頭をすり寄せる。
 けれどの手は止まって、ため息とともに膝の上に落ちてしまう。

「……私、だめな研究者だね。こっちに来たら大きな研究所も無いし、不便になってしまうって分かってたのにね。あなたのこともいつの間にか、実験体だとか、観察対象以上に見てしまっていた」

 どうしたの。もっと撫でて、抱きしめて。
 見つめ返してくるの目。雪がちらつく中、ぼくはに見入った。きゅう、と全てがに引き寄せられて、ぼくの全てがに塗りつぶされていく心地がした。

「だって、こんなに美しいんだもの」

 ぼくを見つめる、の濡れた瞳。同じ物を見たのは目覚めた時のこと。その光がぼくに思い出させた。一番にを見つけた時のこと。

『復元成功ですね!』
『おめでとうございます』
『ええ。でもまだ安心できません。このアマルスは私たちの都合で蘇らせてしまったポケモンです。私たちには責任があります。このアマルスが――』

 ぼくはこの人から感じ取っていた。なんだっけ。何か、暖かいもの。

『アマルスが今の世界を好きになって、ちゃんと、生まれて良かったと思えるように。責務を果たしましょう』

 そうだ、生まれて初めて、を見た時からぼくは知っていたのだ。
 この人は、優しい。そしてぼくを愛して、守ってくれる。

 強くなってきた雪が、とぼくの間に降りしきる。無数の白が視界を遮るけれど、という光はぼくにまっすぐに届く。

「ねえ、アマルス。ここはあなたの体に合っている? あなたにとって生きやすい場所かしら」

 うん、ぼく、ここが好き。今という時間も好き。ぼくを取り巻くものは好きなものだらけだ。

「……何? じっと見つめて」
(ううん)

 でもぼくは、世界の端っこから端っこまで、とぼくだけなら良いのにと思ってる。気持ちが全て伝わるのなら、ぼくのこの欲張りを教えてしまいたい。



 ぼくたちの家に帰るとはくしゃみの後、ため息をこぼしてから崩れた化石や本たちをまた元の山に戻していった。
 ちょっとお疲れ気味の背中に、ぼくも背中を合わせて座り込む。

「……あっち行ってなさい」
(ぼくはここがいい)

 動かないぼくには深い深いため息をつくと、さっき脱いだばかりのコートと、首にもふんわりとした布を巻き付けた。
 手袋をつけてが何か機械を操作すると、部屋に流れ込んでいた熱い空気がいなくなる。

(いいの?)

 ぼくと違っては熱いのが必要なのだ。熱い風を出す機械や熱い飲み物がいつもの近くにいる。
 例え暑くても、ぼくはといられればそれで良いのに。が心配になって顔をのぞき込むと、は鼻をずずと鳴らしてから言った。

「いいの。寒くてもアマルスといる方がいい」

 驚いた。珍しくぼくの思っていることが伝わって。それにがぼくと思っていることと同じで。
 嬉しくて嬉しくてぼくはヒレを震わせて、はくしゅんとくしゃみしてから笑った。