わたしがとある人から預けられたヌメラは、他とは少し違う特徴がありました。弱いことではありません。まだ非力なのはこれから成長していく、すべてのヌメラに言えることです。わたしの、わたしだけのヌメラに言える特徴は、とにかくぬめぬめしていることでした。
ヌメラというポケモンはだいたいみんな、うすみどり色の体液をまとっているみたいですが、わたしのヌメラは特別その量が多いのです。一目見れば、明らかにぬめぬめの量が多いと分かるくらいにはぬめぬめしています。
わが家があるクノエシティとヌメラたちの生息地はほど近いところにあります。だから野生のヌメラはよく見かけます。けれど、わたしのヌメラほどぬめぬめしたヌメラには出会ったことがありません。
わたしのヌメラのようにぬめぬめしたヌメラは、少し珍しいようです。
一昨日、出会ったヌメラは触ってみると体がぷるんと震え、その体はしっとりと水分に満ちて濡れていました。体液はちゃんとヌメラの体をおおっていて、濡れてはいるのですが、わたしのヌメラのようにぬめぬめが必要以上に出ているわけではありませんでした。
その日、伝説のカイオーガがお空を飛んだようなどしゃぶりの中、家に帰ると、わたしのヌメラが雨を浴びて空を見ていました。いつもは玄関の屋根の下でわたしを迎えてくれるヌメラですが、今日はお外で雨を浴びたい気分だったみたいです。
なんだか気持ちよさそうだから放っておこう。声をかけずに先に家に入ると、数分後、ヌメラはずいぶんさっぱりした様子で家へ戻ってきました。たくさんの雨はヌメラのぬめぬめをさっぱり洗い流したのです。ヌメラ自身も晴れやかで、自慢げな顔をしています。
「そのまま乾燥しちゃわないでね」
わたしは冗談を言うと、ヌメラはその場で数センチはねました。それがヌメラの精一杯のジャンプです。なんとも嬉しそうなジャンプでした。
わたしもつられて嬉しくなり、頭をなでると、ぬめっとしていました。ヌメラのぬめぬめは早くも復活をとげていました。
「乾燥の心配、いらなかったね」
何気ない言葉でした。それでもヌメラは急にしゅんとして、寂しげな背中で雨の中へ戻っていきました。夜もお外で雨を浴びていたヌメラですが、朝になれば、わたしのベッドの横で眠り込んでいました。くったりとつぶれて、疲れたような眠るわたしのヌメラに、わたしは気づきました。
ヌメラは自分のぬめぬめが、そこまで好きではなかったのです。
次の日、友達に見せてもらった友達のヌメラはなんと葉っぱを食べるのが好きなヌメラでした。
その子に教えてもらったのですが、ヌメラによっては草をご飯にするそうです。その特性は「そうしょく」って呼ばれているのだとか。
友達の隣に座ったヌメラは、差し出された葉っぱを歯の無い口で挟んで、むっしゃむっしゃと食べました。葉っぱ、茎、つぼみ、お花。どれも本当に、おいしそうに食べました。そのヌメラは、とても常識的なぬめぬめの量でした。
その日、家に帰るとヌメラはお庭にいました。空を飛ぶヤヤコマを見ているのかなと思いましたが違いました。ヌメラは勢いよくお庭の鉢植えにかぶりつきました。そしてむにゃむにゃとお花ごと草を、食べてしまいました。
「ヌメラ!」
驚いてわたしが走って近づくと、ヌメラは振り返りました。その顔は自慢げです。
「葉っぱ、食べられるの? 知らなかった、ヌメラも“そうしょく”だったんだね!」
そうだよ、と言うようにヌメラが数センチ、精一杯のジャンプをしました。わたしのヌメラが「そうしょく」だったなんて。新しい発見です。抱き上げようとすると、やっぱりとてもぬめぬめしていたので、わたしはあわてて、上着を脱いでカバンをおろしてから思いっきりヌメラを抱っこしました。
けれどその夜、お母さんが言いました。
「、ヌメラにご飯あげたの?」
「え? たぶんいらないと思うよ?」
「いらないわけないでしょう」
「でも今日、ヌメラはお庭のお花を食べてたの。“そうしょく”って言って、草がご飯になるんだって」
「それ本当なの? おかしいんじゃない?」
友達がそう教えてくれた、ヌメラは夕方草を食べていたからそうしょくに決まってるとわたしはお母さんに伝えましたが、お母さんは納得してくれませんでした。
「昨日まではポケモンフーズを食べていたじゃない。急に草食になるなんてあるはず無い。それにヌメラを見なさいよ。元気がなさそうよ、お腹空いてるんじゃない?」
お母さんに言われて、わたしはタライの上にいるヌメラを見ました。お母さんの言葉通り、ヌメラはなんだか元気がありませんでした。
「ヌメラ、お腹が空いてるの?」
直接聞いてみましたが、ヌメラにはそっぽを向かれてしまいました。でも、本当ならご飯の時間。わたしはいつものお皿にいつものポケモンフーズを乗せて、ヌメラの目の前に差し出しました。
最初は見ないフリを続けていたヌメラですが、徐々に顔が、人間でいうよだれがあふれてたまらない時のような顔になっていきます。
「………」
わたしは昨日、どしゃぶりを浴びていたヌメラを思い出しました。ヌメラは自分のぬめぬめが、そこまで好きではないということも思い出しました。
わたしは、ヌメラの頭を撫でました。
「ヌメラはそうしょくだけど、でもポケモンフーズもたくさん食べてね」
そう言うと、ヌメラはようやく今夜のご飯を口にしました。やっぱりお腹が空いていたみたいです。食べるスピードがとても早いです。やっぱりお花や草は、わたしのヌメラにとって、栄養にならなかったのです。
美味しそうにご飯を食べるヌメラを見つめて、わたしは、このぬめぬめするヌメラをたくさんたくさん愛さなければいけないと思いました。
真剣に雨を浴びていたのも、急にお庭のお花を食べたのも、理由はヌメラのぬめぬめにあるみたいです。ヌメラがぬめぬめを好きじゃないから、そんなことをしてしまったのです。
ヌメラはぬめぬめのままで良いのです。わたしは心の底からそう思います。
だから、それが伝わるように、わたしはヌメラを大切にしなくちゃと思いました。わたしがヌメラのぬめぬめも含めて、ヌメラが好きなのだと知ってくれたら、ヌメラは少し、自分のぬめぬめが好きになれるのではないでしょうか。
「食べ終わった?」
そう聞くと、ヌメラはなんだか泣きそうな顔をしています。でもきっと、お腹いっぱいになっただろうと思います。だってお皿が、ぴかぴかに空になっています。
「良い子」
ヌメラは良い子です。何が良いかと言われるとむずかしいですが、元気で、精一杯で生きているのだから「いいな」とわたしは思います。あとは自分のぬめぬめをもう少し好きになってもらえたらいいな、と思います。
わたしはこれから、今まで以上にヌメラを大事にしたいと思います。ヌメラが自分のぬめぬめを好きになれるくらい、大事に、大切にするつもりです。早く、ぬめぬめを洗い流しちゃうことも、草花を食べてそうしょくを目指すことも、しなくて良いと、早く気づいてほしいからです。
ヌメラが無理してお花なんて食べないで、好きな味のポフレを食べてふにゃふにゃーんと笑っていてくれたら、それで良いと、わたしは感じています。
とりあえず、わたしはヌメラを抱きしめました。むにゅると、抱きしめました。