※なんか知らんけど急にズミさんがヤンデレ(というか思いが強すぎる)な上に報われない展開になりました。どうしてこうなった。ヤンデレ苦手な方注意。
「ズミさん」
扉を隔てていたとしても、彼女の声はやわらかな春の陽光のように響く。
初めてリーグ内で見かけた時も、彼女は光の似合う人だと思った。女性らしい丸みのある頬、血の通う唇。なだらかな肩のラインはすうっと伸びて指先へ、柔らかく連なりを見せていた。髪は欠けることの無い光の輪を携えていて、さんは光そのものをストールとしてまとっているようだった。
太陽の、光射す場所ですれ違った一瞬で、さんという存在は残像のように私の瞳の奥に刻みつけられていた。
だから今でも、私はさんが光を放っているような錯覚とともに彼女を見る。
それは恋心が見せた幻、かもしれない。
「そこにいるんでしょう、ズミさん」
私は返事をしない。ただ彼女が自発的に口を開くのを待つ。
「ズミさん」
応答する声が無く、沈黙への不安から私を呼ぶ。そうしてひねり出される声は、親しげなやりとりの時に聞くことのできる声と違って、限りなく強く私を求めていた。
「お願いです。ここから、出してください」
あたたかな声の語尾は凍えたようにふるえていた。
私は唇を噛みしめた。最初は私にエゴに捕まってしまった彼女に同情を抱いていたのに、今では彼女が懇願するのを聞くとたまらなくぞくぞくしてしまう。
息を殺してさんの可哀想な声を聞いていると、不意にドアノブがいじくられる。ひねって、前後へ揺すられる。けれど開くはずがない。鍵はきちんと二重にかけてあるし、彼女自身も力弱い存在である。
何度も試み、出られないことは知っているはずなのに彼女は未だに状況へ理解を示さない。
早く無駄な抵抗をやめてもらいたいと思いながら、扉の向こうの気丈なさんに私はまた胸の震えに眉をしかめた。
「何か言ってください……!」
そう必死に願われると私も胸がつらくなるので返事をした。
「はい」
「っズミさん、ここから出してください。私を帰してください」
「それは出来ない。貴女のためです」
「私のためと言うならパキラさんに会わせてください……」
そう、また彼女は愛しているという女性の名を挙げた。彼女の口から何度その名を聞いただろう。パキラという存在に常軌を逸した執着を見せる。それが希有なくらい光を連想させる彼女の唯一の欠点であり、そして私が窓の無い部屋へ押し込めた一番の理由だった。
彼女に関わるとたちまちさんは、柔らかい表情のままで倒錯した愛情をさらけ出す。
「こんなの、おかしいです。ズミさん、正気に戻って。パキラさんに会わせて……」
同性への依存を直してやりたいという想いと同時に、ひとつまみの妬みもやはりあった。あのどこか信用ならない人物が、さんの愛情を受けることが、私には正しいとは思えない。
「今日、あの人とすれ違いましたが、貴女を気にした様子はありませんでした」
すぐに嘘です、という声が飛んでくる。
「嘘に決まってます。そんな嘘を言わないでください。パキラさんはそんな人じゃありません……」
「信じないのは貴女の勝手だ」
「信じません、私は信じません……。ズミさんだって、こんな人じゃなかった……」
微かな痛みが眉間に宿ったので私は目を閉じた。
こんな人じゃないと、さんは今の私を否定したが、私は最初からこのような人間だ。さんに対し常に下心があったし、愚かな妄想を持っていた。
それに、料理を教えた時優しく出来なかった。あんなに笑顔を向けられたのに、ひとつ笑い返すことも出来なかった。追いつめて、泣かせるばかりだった。好きなのは、貴女の作る味なのだという言葉で逃げた。私は初めから、そんな人間だ。
「ズミさん……」
「はい」
そっと扉に寄り添う。無機物の冷たさが私を冷やす。けれどさんの声がさらに近くなって鼓膜を震わす。
「こんなことしたって、ズミさんのためになりません」
「……生憎、私には失うものがありません」
自分に、この恋心に救いが無いことは分かっていた。だからこそこんな恐ろしいこと、行動に移せた。私がまだこの恋に一縷の望みを持ち得ていたなら、彼女の信頼をうち砕くような真似はしなかっただろう。
どうせ知り合いの線を越えられないのだから、嫌われようと同じことだと私は考えている。私へ懇願する声がいつ恨み言を吐くかと心構えているが、さんはいつになっても悲しむばかりだ。未だ私を嫌いになってくれない。それが、細い針のようになって私の良心を刺すのだった。
「ズミさん、お願いです、ズミさん……」
声に水っけが混じる。泣いているのかもしれない。その頬に雨が降っているとしても、やはり私はさんが陽の光を放っているような錯覚に陥る。私と彼女の間に分かつ扉さえも、私の視覚ではじんわりを光を滲ませている。
「ここから出して……」
それは出来ない。か弱いさん。貴女を私は守りたいと願っているのだ。パキラさん、パキラさんと何度呼ばれても、もう彼女と引き合わせるつもりは無い。
もし私が彼女を外に出してやれる時が来るならば、それがあの煉獄の炎のような女が朽ちる時か、さんが危うく光ることをやめた時だ。