※学パロ
※ダイゴさん周りの設定がORAS寄り





 朝礼で校長先生の長い話を聞いていた、その時からかすかな頭痛があった。昨日寝る前に終わっていない宿題があったことを思い出して、焦って机に向かったのも良くなかったんだと思う。友達は保健室行きなよと言ってくれたけど、そのうちなんとなる。そう思って放課後まで気合いで乗り切ったものの、気合いを使いきった今私は歩くのもままならなくなっていた。物を見るのがいやになるくらい頭が痛むし、手足に力が入らない。

 一言でまとめると。
 どうやら私は貧血を起こしているらしい。

 ここはちょうど、理科室や家庭科室の集められた校舎の端っこ。人通りが全く無いから、助けを求められない代わりに、みっともなく床に座っても恥ずかしくない。
 私は壁伝いにずるずると廊下に座り込んだ。
 壁も床も冷たい。何よりも頭痛が辛い今は、その冷たさが嬉しかった。静かに目を閉じる。じっとしていれば、そのうち歩けるくらいにはなるだろうと思った。

 からからからと小さな車輪の回る音。キュッと床を擦った内履きの音がした。誰かいる。私がうっすら目を開けるのと同時に、誰かが真正面から声をかけてくれる。

「大丈夫?」

 明滅を繰り返す視界の中で映ったのは、同級生の男の子。話したことは無いけれど、名前は、校内のそこかしこで見かけるので知っている。ツワブキダイゴ君、だ。
 床に座る私に視線を合わせようと膝を折りしゃがみ込んでいるツワブキ君。
 私は首を縦に振る。彼は冷静に質問を続ける。

「保健室、行く?」

 私は首を横に振った。少し休めばきっと楽になる。そしたらそのまま家に帰るつもりでいたからだ。

「女の子がこんなところに座ってたらだめだよ。立てそう? ちょっとだけで良いんだ、この部屋の中にソファがあるから、少し横になったらいい」

 そっとツワブキ君の指が肩に添えられる。

「ゆっくりで良いから」

 引っ張られたわけでも無い、ただ添えられただけの指先に促されるように私は立ち上がった。

「こっちだ」

 ツワブキ君はすぐそこの開いている扉の奥へわたしを促す。
 何の部屋だろう。揺れる視界で天井付近を見渡すと、ぶらさがったプラスチックの札にはこう書いてあった。“地学準備室”と。


 地学準備室は遮光性の薄いカーテンが閉められていて薄暗かった。でも思ったよりきれいだ。空調が効いていて、体の緊張が和らぐ気がした。
 促されるままソファに座る。職員室の応接用にあるのと同じくらい大きなソファだ。とりあえず座った私にツワブキ君は「寝て良いから」と肩を押してきた。
 ゆるやかな圧力に負けて、私はこてん、と横になる。横になったらすぐだった。休んでも良いんだ、一気にそう思えて瞼を閉じれば意識にも瞼をかぶせるようにブラックアウトがやってきた。



 どれくらい寝てしまったのか、全くわからなかった。眠った時間が一回のまばたきに感じるくらい熟睡してしまったらしい。
 頭はくらくらするものの痛み薄れ、体はすっかりあたたまっていた。それもそのはず、いつの間にやら毛布が体にかけられている。

 たぶん頭はぼさぼさだ。顔にかかる髪の毛の隙間から周りを見回す。
 場所はツワブキダイゴ君が連れてきてくれた地学準備室で間違い無いようだ。ツワブキ君は今のところ見あたらない。とりあえず恥ずかしいことになってそうな頭を直そうとしたのだけど、一歩遅かった。

「起きた?」
「あ、ツワブキ君……」

 ツワブキ君はどこかに行っていたらしい。ドアを開けて入ってきたツワブキ君が後ろ手で閉める。

「僕のこと、知っているんだね」
「う、うん」

 知っているに決まっている。この学校でツワブキ君を知らない人はいない。容姿はもちろんのこと、成績も優秀だ。その成績も校内には収まらない。学校外での大会やコンクールで入賞して朝礼で表彰されることもしばしばだ。それでいて、大会社の御曹司。

 そしてそんな個性派キャラを周りが放っておくわけがなく、彼の様々なエピソードは私のクラスまで流れてくる。どれだけお金持ちかに始まり、授業での度肝を抜く受け答えまで。もちろん恋の噂もやまほど。

 その本人が、僕のこと知っているんだね、って。
 そんなこと言うなんて、ツワブキ君に自覚は無いんだろうか。校内で1、2を争う有名人の自覚が。

「って、それ私の……!」
「あ、持ってきた」

 初めてちゃんと喋ったツワブキ君のきどらなさ。肩すかしを食らって、反応が遅れてしまったけれど、よく見るとツワブキ君が肩にかけているのは私の鞄である。しかも教科書詰め込みまくりのめちゃくちゃ思い鞄だ。

「起きたらすぐ帰るんじゃないかと思ってね」
「あ、ありがとう……」
「迷惑じゃなかった?」
「そんなことありえないよ! 本当に助かった、鞄も、ここに寝かせてくれたことも……」
「大したことはしていないよ」

 ツワブキ君、なんて良い人なんだろう。ちょっと現実味が無いくらいに良い人だ。

「本当に、本当にありがとう! ああもう、ボキャブラリーがなくてごめん」
「ううん」
「ほんと、すごくありがとう。何かお返しは……」
「いいよ、本当に大したことは何もしていないんだ」
「じゃあ、なんか私にできそうなことあったら言ってほしいな。まあ、無いかもしれないけど」

 だってツワブキ君だもんね。噂でしか彼のことを知らないけれど、私はツワブキ君が困った噂、失敗した噂なんていっさい聞いたことがないし、そして想像できない。
 だから、目の前のツワブキ君がみるみる感情を滲ませて喜んだ顔をしたのを、私はすぐ現実とは思えなかった。

「本当かい?」
「え?」
「ぜひお願いしたいことがあるんだ」
「わ、私に?」
「うん。さん、僕が石部を作るのに協力してほしい」

 わ、ツワブキ君、私の名前知ってたんだ。一番最初に意識が集まったのはツワブキ君が紡いだ“”の響きだった。
 けれどすぐに、ツワブキ君の言葉の中に何か、変なワードがあったことに気づく。

「いしぶ……?」
「うん、石部」
「えっと漢字で書くと?」
「宝石や石ころの石に、部活の部」
「あー、石に部か。……石部!?」

 いしぶ、いしぶ、イシブ!?
 漢字表記が分かっても、新しい言葉すぎて全く意味が伝わってこない。
 完全無欠のイメージがあったツワブキ君から紡がれた宇宙語に私の頭がぐわんぐわん鳴り出す。

「石部って、ごめん、何それ? 初めて聞いたんだけど……」
「石好きが集まる部活を作ろうと思って」
「そ、そっか。何するの?」
「部活動時間を使って石の収集、品評、あと石について語り合いたいかな」
「……なんで石部作ろうと思ったの?」
「去年の文化祭、僕はクラスの出し物にいまいち熱が入らなくて。石部を作れば、今年の文化祭は石部として活動できる。石のことなら、僕は最後までやりきれると思うんだ。あと体育祭でも石部として参加したい」

 体育祭で石部はいったいなにをすると言うんだろう。
 いや文化祭でも、石部として何をするつもりなんだろう。石の展示とか? 今からもう人が来ないのが目に見えるようだ。

「石部はちょっと……無い、と思う……」
「そうかな?」
「そうだよ! 内申書に石部って書かれちゃうし、バイトの面接でも普通“部活は何ですか?”って聞かれるじゃない。ツワブキ君は“石部です”って答えるの!? どんな部活だって絶対つっこまれるよ!」

 そこまで言い切って、わたしははっと口をつぐむ。言い過ぎた。まるで石好きが恥ずかしい、表に出せない趣味みたいじゃないか。
 石を好きなことは変わっているとは思うけれど、悪いことじゃないのに。

さんとは考え方が違うかもしれないけど、僕はなんて聞かれても平気だな。僕は石が好きだから」
「ごめん……」
「ううん」

 私は勢いに任せて失礼なことを言ったというのに、ツワブキ君はなんでもないという風にほほえむ。それがまた、私の良心を刺激した。

「そっか。ツワブキ君って石が好きなんだ」
「うん」
「……、新しい部って5人からだよね。今、何人集まってるの?」
「僕だけ」

 じゃあこれからツワブキ君は校内から同じ石好きをあと4人集めなければいけないわけだ。
 この校内に果たして4人もいるだろうか。ぱっとクラスメイトたちを思い浮かべてもそこに、ツワブキ君と同じ石好きな人物はいない。

「あの、バカにするつもりじゃないんだけど、やっぱり石部は無いと思うんだ。名前が良くないっていうか。人を集めるならせめて……」

 せめて石に限定しないでもう少し集まりやすい部活の名前。無い頭を必死にひねって、思い出したのはここに入る前見かけた札。“地学準備室”の文字。

「地学部とか、どうかな?」
「いいね、地学部」
「いいの……?」
「うん、良いと思う。石部よりも先生たちに説明しやすいし。うん、地学部。地学部か」

 最初は慣れない地学部の言葉。ツワブキ君が反復すると不思議としっくり来た。

「じゃあまずは二人で地学同好会からだね。頑張ろう、さん」

 あれ、私、地学部に入るって言ったっけ? 言ったのか?
 ぽかんと口を開けてる私の手をツワブキ君は強引に奪って、私とツワブキ君の地学同好会結成の握手を交わされた。