温泉で芯まで温まった体を引き締めるように靴ひもを結んだ。早朝にハジツゲタウンを発ち、この町の畑に挟まれた道を行く。赤茶けた岩肌沿いに進んで行けば現れたのは南下する道だ。さっき通り過ぎた看板にはこう示していた。『114ばんどうろ』。

 ハジツゲタウンもこの114ばんどうろも、訪れるのは初めてではなく、二回目だ。それでもここは思い出深い通過点だ。懐かしい、と思わず声に出してしまう。
 懐かしいだけじゃない。周りを見回すと新しい表情も見つけることができた。例えば、実際に歩いてみると道の長さが意外に長く感じるし、やがて見えてきた水辺は記憶よりもっと広く感じた。中には、まるまる記憶からこぼれていた物も。

「ねぇ。あそこに滝ってあったっけ?」

 歩きながら水の落ちる音がする方を振り返る。わたしの記憶ではこの辺に滝なんて無かったはず、なんだけど……。次から次へと水が落ちていく光景は確かにそこにある。

「すごい、全然気づいてなかったなぁ……。それとも気づいてたけど、わたしが忘れちゃったのかな? だって、ここ数年で滝ができるわけないもんね? ね、聞いてる?」

 わたしの問いかけは無情に空気に散っていく。

「ちょっと、チルタリス?」

 当然後ろについて来てるものと思っていたパートナーを呼んでみる。それでも返事がないので振り返って、わたしはため息をついた。
 さっきから返事がないと思っていたら。相棒は、忽然と姿を消していた。
 これじゃわたしが独り言を言ってるみたいじゃない。端から見たら寂しさを独り言で紛らわす痛々しいトレーナーだ。ちょうど怪訝そうな顔をしてる釣り人とも目が合ってしまった。
 ああ、もう。顔に熱が集まってじんわりと汗をかく。

 辺りを見回すけれど、ドラゴンポケモンとしてふさわしい体躯をしたあの子が全く見つからない。
 わたしだってポケモントレーナー。しかもチルタリスと過ごした時間は短くない。辺りを見回してもチルタリスが見つからない時、そういう時は空を見上げれば良い。青空にかくれんぼ。綿毛のような羽と青い体を持つチルタリスにはそれが出来てしまうのだ。

「……、いた」

 案の定、岸壁の上に停まるあの子を見つけた。つぶらな瞳が、これから向かう先の景色に見入っている。
 空と雲の景色にひとつに溶けていってしまいそうな相棒を強く呼んだ。

「チルタリス!」

 風になびいていた頭の羽がピン、と緊張し、こっちを向いた。わたしがむくれているのを感じ取ったらしい。チルタリスはわたしが何か言う前にふわりと降りてきた。

「あのね、急にどっか行ったら心配するでしょ? ついてきてるって信じてたから、思いっきり空中に話しかけちゃったじゃない」

 きゅう、と鳴いてチルタリスはうなだれる。

「気持ちは分かるよ? 分かるから、あなたをボールから出してるんだし……」

 そう、いつもならポケモンらしく、ちゃんとボールで休ませながら連れ歩いている。でもここは114ばんどうろ。わたしのチルタリスにとっては特別な場所だ。

「懐かしい? わたしもなんだか懐かしい。もうちょっと行って、橋を渡ったら、わたしとチルタリスが出会った場所――」

 はっと気づいて言葉を切る。その見方は人間本意の人間視点だ。チルタリスにとってはわたしと出会った場所じゃない。もっと大切なことがある。

「……、そうじゃないね。チルタリスが元々暮らしていた場所、だね」

 荷物を抱え直し、行くよ、と一声かけて歩き出すと、チルタリスはなぜか飛ばないでぴょこぴょこと跳ねながら後ろをついてきた。まるでチルットに戻ったみたいな小鳥の歩き方に、ちょっとだけ笑顔になれた。


 わたしのレポートには確かにこの子と出会った日のことが記してある。

“114ばんどうろ。天気、はれ。けれど山には大きな雲がかかっていて、蒸し暑い。今日はなんと言っても新しい仲間に出会った。チルットというひこうタイプのポケモンだ”

 114ばんどうろに差し掛かった草むらで一番に出てきたのが、チルットだった。ひこうタイプのそのポケモンは、まさに空色の体をしていて、当時は両手を伸ばせばお腹に抱きかかえられるくらいの大きさだった。

“この子のことはまだよく分からない。どんな技を覚えるんだろう? 性格はおっとりしている気がする。バトルに対してもわたしに対しても危機感が薄くて少し心配だ。とりあえず羽に触ってみたらすごくふわふわだった”

 レポートの曖昧な言葉選びに、突然パートナーとなったチルットへの戸惑いは表れていた。

“まだまだ何を考えているのか分からないけれど、旅やバトルを通じてきっと分かりあえる、よね。信じてこのチルットを大事に育てたいと思う”

 レポートに記された日々は拙さたっぷりにきらめいていて、けれど読み返す度にわたしは思わず苦笑いしてしまう。なぜって、わたしはあの時から大して変われていないからだ。

 チルタリスの危機感の無さは未だに心配だ。さっきだって、何も言わないでふらふらとわたしの手の届かないところに行ってしまった。
 それにまだまだ何を考えているのか分からない時がある。故郷が近づいて、チルタリスの胸に広がるのは一体どんな思いだろう。
 わたしはなんとかチルットを立派なチルタリスに進化させることが出来た。けれどもっと分かりあえる時を信じて大事に育てているのも、出会った時と一緒だ。変われてない。

 ちら、と後ろを見るとチルタリスはやっぱりドラゴンタイプとは思えないぴょこぴょこ歩きで、辺りを見回していた。

「あなた自身大きくなったから、少し見える風景が違うんじゃない? わたしも身長伸びたけど、チルタリスのは進化だもんね」

 言いたいことがあんまり伝わらなかったらしい。チルタリスは器用に首を傾げたままぴょこぴょこ歩く。

「言葉が伝わらないってほんともどかしいね。まあ、あなたが抜けてるのもあると思うけど……」

 ポケモンとお話し出来たら。そう思うことは何度もあるけど、このチルタリスは特に翻訳機が欲しくなる。
 ぽかん、と開いたチルタリスのくちばしの先、そしてわたしの鼻の頭にぽつん、と水が落ちた。一粒落ちると続いて落ちてくる水の粒。上を向くといつの間にか厚い雲が空を覆っていた。

「あ……」

 ぽかんと開いた口の中にまたひとつ粒が落ちてくる。雨だ。

「チルタリス、走ろう!」

 突然の雨はすぐさま勢いを増す。わたしの焦った声にチルタリスもまどろっこしく歩くのをやめた。
 突然の雨で草むらから飛び出し踊りだしたハスボー、ハスブレロたち。キャンプファイヤーが急いで道具を片づけようとしている横をわたしたちは駆け抜けた。
 目指すのは元々の目的地、りゅうせいのたきだ。途中で雨宿りの場所を探すより走ってりゅうせいのたきへ入った方が手っとり早い。

 暑い空気と交わり合った水分で、むせかえる空気。雨はすぐに強さを増し、肩にじっとりと水分が染み込んできた。でももう少しでりゅうせいのたき、と思った時だった。

「え、えええ!? ちょっと、どこ行くの!?」

 チルタリスがわたしの頭上を飛びこし、そしてりゅうせいのたきとは別方向に進路を変えてしまったのだ。
 とっさにボールを投げようとしたけれどそれよりも先にチルタリスとの距離が開いていく。間に合わない。仕方なくわたしも進路を変えチルタリスを追った。



 チルタリスを追いかけた先で、わたしはいろんな記憶がすっぽ抜けていたことを実感した。
 この道、覚えてる。この先にあるものを思い出して濡れた体がざわついた。

 そうだ。探検気分で歩いていった先で見つけた、この奥にある小さな洞窟に、わたしはひみつきちを作ったんだった。

 小さな洞窟の入り口の前、わたしを待って滞空しているチルタリスにうなずきを送る。そのまま全速力で洞窟の中へ飛び込んだ。




 ようやく雨をしのげる場所にたどりついた。だというのに蒸し暑い中を走った汗と雨で、わたしはひどい有様だった。一方チルタリスの羽はきっちりと水を弾いている。滴はころころと体を転げてその体に染み入ってしまうことは無かった。
 本人もやっぱり涼しい顔で、ひみつきちの奥へと進んで行った。

 息を整えながら、薄暗い洞窟の中を見回す。ここはわたしと、わたしのポケモンたちだけのひみつきちだ。
 誰も来ないと分かっているのでわたしは遠慮なく濡れた衣服を脱ぐ。湿った洋服は体にひっかかってなんとも脱ぎづらい。半ば剥がすようにして脱ぎ去った。

 洞窟の出口を呆然と見つめる。雨は強さを増していて、まるで滝の裏に入ってしまったように洞窟の出口を閉ざす。微かに聞こえる甲高い鳴き声は雨を喜ぶハスブレロたちのものだろう。
 雨が全てを叩く音に支配された洞窟内に、不意にぽろんと音楽が足される。
 忘れていた音色に思わず笑顔になる。

「……おんぷマット、懐かしい」

 続けてぽろんぽろんと流れ出す音。ひみつきちに置きっぱなしにしていたおんぷマットの音色に導かれるようにわたしもひみつきちの奥へと進んだ。
 おんぷマットで遊んでいたのはやっぱりわたしのチルタリスだった。

「よく覚えてたね」

 ひみつきちに遊びでマットを設置した、当のわたしはすっかり忘れていたというのに。

「そういえばチルタリスのお気に入りだったっけ。よくのっかって遊んでた。もしかしておんぷマットのこと、忘れられなかったの?」

 冗談半分の言葉だったけれど夢中でマットを踏み鳴らしているチルタリスを見ると、あながち間違いでは無いように思えた。
 濡れた服を壁に吊し、タオルで体を拭きながら、わたしは雨音とチルタリスのステップが奏でる音楽に耳を傾けた。

 チルタリスの演奏はどれだけ続いたのだろう。結構長い間遊んでいたように思うけれど、体を休めながら聞き入っていたわたしにとっては一瞬の時間だった。
 チルタリスは満足したというように大きく息を吐くと、座るわたしに近寄り、足の間に体を入れて来た。この仕草には覚えがある。チルットの時みたく抱きしめて可愛がって欲しいというサインだ。案の定、チルタリスはわたしのお腹に体をすり寄せて来る。

 抱きしめたい。けど、全部を抱きしめるにはチルタリスは大きすぎる。わたしは仕方なく首に手を回し顎をかいてやった。
 足りないと言うようにチルタリスは全身を押しつけてくる。

「ちょ、ちょ……!」

 わたしは人間、相手はポケモン。あっと言う間に押し切られ、わたしはマットの上に肘をついた。

「ちょっと、危ないって。重いんだってば」

 チルタリスが体を起こしてくれて、ようやくわたしも座り直すことが出来た。

「あのね、あなたはもうチルットじゃないんだよ? 立派で綺麗なチルタリスなの」

 分かってるのかな、と小さなため息をつく。

「つまり、こういうこと」

 この子の方翼に手を延ばし、ゆっくりとその作りに沿って引き延ばす。するとチルタリスの白い羽が大きく広がった。肩の方に引き寄せれば羽はたっぷりと余裕を残してわたしを包み込んだ。濡れた服を脱ぎ去った、素肌にふれる綿毛のような羽は思った以上に暖かく、わたしは思わず息を止めた。

 ポケモンの進化は姿を大きく変えるものだと、分かっているけど。この子は本当に大きくなってしまった。わたしの全部がこの子に抱きしめられている。

「ほらわたし、小さいでしょ」

 自分で言って少し心細くなった。自分の頼りなさを自らの手で証明してしまった事に気づいたのだ。丸い瞳を見ていられなくなって、わたしの方から視線を反らした。
 恐る恐ると言った様子でチルタリスの翼が曲がり、さらにわたしを引き寄せる。もうわたしの視界はチルタリスでいっぱいだ。

「あのね、チルタリス。ひみつきちを覚えていてくれて嬉しかったよ。わたしとの思い出もあるってことだよね」

 この子にとってどんな風にこの景色が見えているのかな。114ばんどうろに残る思い出は、どんな色をしているのかな。
 想像しても届かない世界を思う時、わたしの考えはいつも後ろ向きだ。
 けれど、ひみつきちでの思い出だけは、明るい色をしているんじゃないかと思えた。チルタリスからここへ導いてくれたし、おんぷマットのことも覚えていた。紛れもなくわたしと共有した景色をチルタリスは思い出してくれた。その事が、どんなに嬉しかったか。

 チルタリスにとって、ここは、114ばんどうろは、りゅうせいのたきへと続く道はどんな場所なんだろう。

「……わたしにとってはここは、チルタリスと出会った場所だよ。それにね、あなたのトレーナーとしての“”が生まれた場所だよ」

 わたしを包むチルタリスに、そっと腕を回す。すると綿毛に通った芯のような温かな鼓動へとたどり着いた。
 不意に、チルタリスが歌い出す。

「……もう、分かってないでしょ」

 さっきからしゃべる言葉全部が笑い混じりだ。なんだか全てがくすぐったい。
 降り出した雨、忘れていたひみつきち、伝わらないのに溢れてしまう言葉、ここに置きっぱなしになっていた何もかも。

 わたしを血の通う、柔らかなものでくるんで、耳はチルタリスの歌声が包み込む。外は大雨で、わたし達はまだここにいるしかない。だから、わたしはうとうとと眠りにつくしかなかったのだ。




 起きたときはチルタリスも眠っていた。わたしを羽の中に閉じこめ、深い眠りについている。ぴくりと動かしたつま先がまた柔らかいものに触れて、わたしはようやく気がついた。ひみつきちで眠っているのはチルタリスだけじゃない。恐らく野生と思われるチルットたちが身を寄せていて、ひみつきちの光景はさながら雲の上だ。

 わたしが眠りに落ちる前、チルタリスが歌っていたことを思い出す。外が大雨だったことも手伝って、チルタリスの歌声がここへチルットたちを呼んだのだろう。
 チルットたちにはチルタリスは頼りになる同族だものね。ふふ、と吐いた息がチルタリスの羽を揺らした。
 ふと、薄目を開けたチルットと目が合う。警戒心は無いらしい。そっと手をのばして頭を撫でるととろけるように目を細めた。わたしのチルットにも、こんな時期があった。こんな風に、チルタリスも小鳥だった。

 するりと体を滑らせるとチルタリスの中から抜け出せる。チルタリスは身じろぎしたものの目を覚まさなかった。なんとまあ、よく寝ている。
 体は大きくなっても寝姿は変わらないな。また、ふふと笑いがこぼれる。
 外はよく晴れているようだ。湿気の残る服を無理矢理着て、わたしはそっとひみつきちを抜け出した。





 雨上がり。午後の光に包まれたここは、114ばんどうろ。ここに訪れるのは二回目だ。覚えていないこともあれば覚えてることもある。ひみつきちのことは忘れていた。けれど、この辺りにきのみにぴったりな土があるのは覚えていた。
 記憶のとおりの場所にふかふかとした土を見つけて、わたしは手持ちありったけの木の実を植えた。
 チルタリスと出会った場所がいつまでもポケモンたちにとって住みよい場所であるといい。わたしが植えた木のみはそのための微々たる食料となって欲しい。その思いでたっぷりと水を注いだ。

 わたしは元々の目的地、りゅうせいのたきのある方向を見つめる。
 チルタリスはまだ仲間たちと寝てるだろう。もし目が覚めているとしても、戻らなくて良いと思えた。チルタリスを頼って同族達が身を寄せたあの空間は、もう一度人間が入っていけば皆逃げてしまうだろう。
 チルタリスが仲間と出会えたあの場所を、出来るだけ壊したくない。少しだけ周りを歩いて時間をつぶそう。そう思い、ひみつきちとは別方向に足を向けたわたしは、猛スピードで近づく柔らかな羽音に全く気づかなかった。

 後方から、綿の固まりによる突進。さっきまでわたしを暖めていた白いもの視界を奪う。羽は柔らかいのに、体の部分がしっかり当たってわたしは土の上に押し倒された。

 ぶつかってきた物の正体がチルタリスなのはすぐに分かったので、そのまま綿毛に話しかける。

「ど、どうした? 何かあった?」

 どう見ても何かあった様子だ。わたしの顔をのぞき込み、ピーピーせき立てるチルタリス。少し怒っているように見える。けれどどこにチルタリスが怒る要因があるんだろう。
 ああ、この子の必死な感情がはっきりと読みとれないのが、もどかしい。

 ふと思う。チルタリスも「言葉が伝われば良いのにね」って、考えたことあるかな。
 ぼんやりと別のことを考え始めたわたしを、チルタリスはまた厳しく責め立てた。





 いったい何が、チルタリスを変えたのだろう。
 昨日までぴょこぴょこ歩きでついてきたチルタリスは、今日はゆったりと羽を動かしてわたしの周りを飛ぶ。昨日は気づかない間に気の向くまま飛んでいってしまったくせに、今日のチルタリスはわたしにぴったりとくっついて行動してくる。

 聞いても答えは返ってこないのに、聞いてしまう。

「ねぇ、どうしたの?」

 返事はなく、なぜかチルタリスはわたしの一歩前へ降り立った。見るとちょうど、草むらからハブネークが飛び出してくるところだった。チルタリスの表情を見るとまっすぐにハブネークを捕らえている。なんだか頼もしい。

「どうしたの、今日はやる気だね!」

 相手は野生のハブネーク。やる気に満ち溢れたチルタリスは的確に技を当て、あっと言う間にハブネークを追い払ってしまった。難なく勝利を納める。

「やったね、チルタリス!」

 危なげない勝利に、頭を撫でてあげようと手を伸ばしたのだけれど、それもまとめて羽の中に閉じこめられてしまった。

「……それ、癖になったの?」

 守るように前に出て、バトルが終わったら抱きしめてあげる。それはわたしの役目だったはずなのに。

「あなた、本当にわたしのチルタリス? なんか、立場変わっちゃったなぁ」

 見上げた高い位置に顔があり、わたしは嘆息した。当たり前か。大きくなったもんね。あなたはもうチルットじゃない、チルタリスなのだから。




「やっとたどり着いた……」

 洞窟の入り口から冷たく湿った匂いが這いあがってくる。りゅうせいのたき。ここに来るのも二度目だ。
 ひとつ息をのんでから踏み入れると、洞窟内は不気味に騒がしい。水が滴り、ズバットたちの羽ばたく音が辺りに繰り返し反響していた。

「前はここをずっと下って行ったけど……。チルタリス、今度は“登る”からね。上には強いトレーナー、そこにしかいないポケモンがいるんだって。昔のわたしならあそこに行けるとも思わなかった。でも、今のわたしたちなら、もっと新しい場所に行ける」

 滝を見上げる。真のりゅうせいのたきが口を開けて待ちかまえている、そんな気がした。
 未だにボールに収まる気配の無いチルタリスも、同じように滝を見上げている。

 のぞき込んだチルタリスの顔は思ったより、きょとんとした表情だった。代わりに、つぶらな黒い瞳に映るわたしは、堅い表情だ。緊張が現れた顔。けれどそこに、チルットを手に入れて戸惑っていたわたしはもういない。

「あなたとまた此処に来られて良かった。……あのね、頼りにしてるよ」

 りゅうせいのたきを登った先、その深奥に、二回目のわたし達ならきっと行ける。



(Happy Birthday 雨宮さん!)