元・はすむかいのマツバくん


※時系列想像におまかせ!




「ただいまー。……って、何してるの」

 居間にひょっこり顔をだしたマツバくんは、不思議がっているというよりはドン引きの時の顔だった。
 
「あ、おかえりー」
「いやいやいや……。何、それ」
「ポッポだけど。ん? なんでポケモントレーナーがポケモンに驚いてるの?」
「自分の家で野生のポケモンが大群になってるのは普通じゃないから」

 そう言いながらマツバくんはキッチンからはたきを取ってきて、大きな音を立ててポッポたちをはたいた。縁側を埋め尽くし、庭を埋め尽くし、枝にも集まっていたポッポたち。みんなが、パンパンという音に一斉に羽ばたいた。

「わーお……」

 大量のポッポたちで一瞬空が見えなくなる。20匹くらいかな。確かにマツバくんの言うとおり、大群かもしれない。

「行っちゃった……」
「大丈夫? 怪我は?」
「ないよー」
「……よく襲われなかったね」
「平気平気。みんな良い子だったし、わたしも良い子にしてたし」

 夕日に浮かぶポッポたちの陰。みんなそれぞれの家に帰っていくのかな、と思うとわたしも家に帰りたくなってくる。
 気持ちよく、ちょっぴり切なくポッポたちを見送るわたし。それをじーっと見ていたマツバくんは、急に「ああ」と納得の声をあげた。

「だからあんなに集まっていたんだ」
「ん?」
「あられ、ね」

 やばい。マツバくんを前にしてそう思った時は手遅れの場合が多い。だけど悪あがきでわたしは笑顔を引き締めた。

「……な、なんのことかな」
「だから昨日もらったあられでしょ? 昨日すごく食べたそうにしてたよね」
「なな何かないきなり! 話が見えないんだけど!」
「昨日は僕が食後には食べられないって言ったからも食べられなくて。でも忘れられなかった」
「うっ」
「自分ひとりだけで食べてしまうのが気が引けていたからおやつの時間は我慢出来たけど」

 この人、全部分かってる。わたしの考えが。
 ひとつひとつ確認されるように話されると、恥ずかしさが倍だ。無言でにらみつけると、マツバくんはますます笑顔を咲かせる。

「お夕飯前の空腹についに耐えきれなくって」
「………」
「悪いことしてるって気持ちはあったから、縁側の隅っこでこっそり食べてたんだ。そうだよね?」
「……、怒ってますか」
「怒ったりしないよ。でも成長してないなって思った」
「あのさ。わたしが最近それ気にしてるの分かってて、あえて言ってるの?」

 マツバくんは楽しそうな顔してるけれど、子供っぽいとか変わらないとかは最近一番聞きたくない言葉だ。

「うん。らしいな、って」

 わたしらしいと言われれば良いことのような気がしてくる。けど、全然良い言葉じゃない。
 子供っぽくて変われない。成長できてない。自分で分かってるから、人に言われるとものすごく悔しくなってしまう。

「美味しかった?」
「大丈夫、お腹は空いてる!」
「別に食べても良いんだよ?」
「……美味しかったです」
「ただ、やっぱり子供みたいだなって」
「あああああああもう!」

 絶対、絶対分かって言ってる!

「根に持ってるの!?」
「まさか。あられくらいじゃここまで意地悪しないよ。単純におもしろくて。気にしなくて良いのに」
「………」
「頭に羽、すごいついてるよ。とってあげる」
「いい。鏡見てきます……」

 洗面所に逃げ込んで、鏡を見ると確かにポッポの小さな羽が頭にたくさんついていた。美味しいあられで散々絡まれたからなぁ。ふわふわの羽をひとつひとつ取り、ついでにブラシで頭をとかしとく。

「なんだかなぁ……」

 不幸では決して無いんだけど、ため息が出てしまう。なんだかこの前から、どうもマツバくんのペースだな。どうしても強く出られない。だって、なぁ……。

 煮えきらないまま居間に戻ると、マツバくんがお味噌汁を温めなおして味見をしていた。

「あ! ありがとう」
「うん。美味しいよ。はどれくらい食べる?」

 食前のあられにも関わらず、わたしの胃はしっかり夜ご飯モードに入っている。普通に食べれそう、と伝えるとマツバくんの横顔に笑顔が弾けた。あはは、と声に出して笑われた。
 調子が出ないわたしとは裏腹に、マツバくんはあの日から快活だ。

 さっさと冷蔵庫で冷やしていた小鉢を出して、箸を並べて、わたしはあの二つのお茶碗にご飯を盛る。
 わたしは白いご飯が好きだから、少し多め。マツバくんはわたしよりは多いが食べ過ぎる方でもない量を盛った。
 湯気を上げるふたつのお碗の前で、首をひねる。うーん。悩ましい。
 一応マツバくんの方が量はあるのに、お碗で見ると小さなお碗には大盛り、大きなお碗は控えめ盛りになってしまう。まるで本当に、わたしたちみたいだ。可愛い女の子の枠に入れないわたしと、男の人にしては優しく人を受け入れられるマツバくん。うん、わたしたちは悩ましい。

 とはいえ今日も、ちょうど良い時間にご飯にありつけた。ちゃんとした時間に帰ってきてくれたマツバくんに感謝である。

「いただきますっ」
「いただきます」

 その声だけは賑やかに居間に響いた。
 食べ初めてしまうと、落ち着かないくらい静かだ。わたしもなんだか上手くしゃべれない。マツバくんをちら、と見ると淀みなく食べている。
 あああ。本当に先しか汚さないその箸使い、勝てそうにもないな。マツバくんの指まで今まで以上に見えてくる。

「ん?」

 見ていたのがばれた。癖で流れる前髪の下、伏し目がちだった紫色がわたしを捕らえる。

「なんか……、静かだなぁと思って」
「うん」
「ゲンガーたちと一緒のご飯って思ってたから、もっと賑やかになるって思ってた」
「そっか。皆少し遠慮してるみたい」
「えー? なんで今更?」
「彼らなりに気を使ってるんだよ。それにあの子たちは姿を消すのも簡単にやってのけるしさ」
「そ、そっか」

 じゃあ見えないだけで、みんなから見守られてたりするのかな。……それはそれで落ち着かない。

「あのさ」
「うん」
「ほんとに結婚、しちゃったね」

 それをわざわざ口に出して言うのは、マツバくんの反応がおもしろいからだ。
 さっきまで涼しい顔で食べていたくせに急に動きが止まって、みるみる耳が赤くなる。口はぱくぱくして何も言えなくなっている。仕返し成功だ。

「……それさ、昨日も、言った」
「えへへへ……。何気に一昨日もね」
「うん、……」

 マツバくん、ものすごく照れた顔してる。嬉しそうな顔でもあるけど。

「すごく、良い天気だったね」
「そういう日を選んだからね」
「目を閉じるとあの日の青空と、風に飛んでく赤い葉っぱが見えるんだよね」
「僕はの顔を思い出す」
「ええ?」
「良い顔してたから。ちょっと泣いてたし」
「あー、泣いてたねー。マツバくんすごいびっくりしてたね」
「うん」
「あのさ」
「うん」
「長生き、しようね」

 食べる手が止まってしまったのはお互いさまだった。俗に言う、胸がいっぱいというやつだった。こみ上げる何かで、お腹から胃からのどから、何から何まで満たされている。そして押し出されるように目に涙が滲んでいた。

「どうしたの、突然」
「いやだってさぁ、死ぬまでは一緒にいられるってことになったんだから、なるべく長くいたいねって話だよ」

 そうだ。わたしはマツバくんと結婚した。おばあちゃんとおじいちゃんになっても一緒にいようと約束を交わして、周りにも認めてもらった。
 でもわたしはバカみたいに、マツバくんと一緒にいられる時間をあと60年しか無い、と考えている。
 60年という時間はわたしの年齢の何倍もある。けれど、けれどマツバくんの存在の前には短いなと思ってしまうのだ。

 死ぬまで一緒。だけど、死んだら別々になっちゃう。後ろ向きにマツバくんとのお別れを怖がっているわたしは、本当に前から成長出来てない。


「はい……」
「死んでも、離ればなれになるとは限らないよ」
「………」
「信じられない?」

 申し訳ないけど、いくらマツバくんでも、死ぬということは絶対だ。わたしは素直に首を縦にふった。

「でも僕は死んでも離ればなれにならない方法を知っているんだ」
「そうなの?」
「うん。その方法知りたい?」
「っ知りたい!」

 わたしはお箸を握りしめ、ごくりとつばを飲む。マツバくんはへにゃと笑って、言い放った。

「僕たちがおじいちゃんとおばあちゃんになったら、教えるよ」

 撃沈である。目の前にお皿が並んでなければ机におでこぶつけてた。

「……なんだそりゃ」
「本当にあるんだよ」
「今は教えてくれないの?」
「うん。だけど、その方法で僕がきっちりやっておくからは心配しない。……本当だよ、死んでも大丈夫。別々にはならない」

 マツバくんの優しい声を聞きながらわたしはもう。マツバくん、嘘を言っているのかもしれない。お別れに過剰に不安になってしまうわたしに、マツバくんが子供をあやすのと同じようにしているのかも。

「僕は、死んでもと離れる気は無いよ」

 死んでも一緒にいられるなんていうマツバくんの言葉は、正直嘘だと思う。わたしもマツバくんもそれぞれ人間だ。
 でもきっと、今マツバくんが言った気持ちはきっと本当だと思うから。

「じゃあまあ……、そこら辺はマツバくんを信じて、マツバくんに任せた!」
「はい、任されました」
「……ありがと」
「うん」
「マツバくん、長生きしようね」
「そうだね。が長生きしたら僕も長生きするよ」
「よっしゃ頑張る! わたしこれから健康四天王になる!」
「うん」

 胸いっぱいになりながら、お腹いっぱい食べたこの日のこと。わたしは幸せいっぱいだった。

 だけど後日ミナキにのろけ混じりで話したら、「おいおい大丈夫か。私にはマツバが怖いんだが」と言われた。反応は結構まじめだった。なんでだ。