『次は、カロス地方から届いた衝撃映像をお伝えします!
カロス地方、ミアレシティでガブリアスが暴れ出す事件が発生。首につけられた道具に苦しみながらプリズムタワーを登っていきます。
それを止めようと追いかけたのはなんと一人の少年トレーナー。相棒のピカチュウと共にタワーの上に登り、なんとかガブリアスをなだめようとします。
少年トレーナーはガブリアスを止めることに成功、したものの……、足場が崩れ、相棒のピカチュウが落下。なんと少年トレーナーも、ピカチュウをかばいプリズムタワーから飛び降ります。
見守る人々から悲鳴が……。少年とピカチュウは無事なのでしょうか。
……なんと、落下する少年を空中で受け止めたのはバシャーモでした!
さすが脚力が自慢のバシャーモですね。少年にはたくさんの拍手が送られました。以上、カロス地方から届いた衝撃映像でした!』
「はあああああああ~……?」
すっかりコーヒー臭くなった雑巾を一生懸命に絞る、絞る、絞る。水分がなくなっても絞る。
朝の簡単な掃除が終わった所内で飲む、今日一杯めのアイスカフェオレを、わたしは盛大に床へぶちまけてしまったのだ。
原因はモニターに適当に映していた、朝のニュースだ。
「雑巾に八つ当たりするなよ」
背中合わせのデスクに座るシゲルが肩をすくめた。シゲルとわたしのデスクはいつも近い。能力に雲泥の差はあるものの、同い年だからか幼なじみだからか、気づくといつも1メートル以内にシゲルのデスクがある。
「だって! シゲルも見たでしょ!? 今朝のニュース!」
「まぁ驚いたけどさ。どうやらアレは数ヶ月前の映像だって話じゃないか」
「それがまたムカつくの!」
今朝のニュースと言っても、あくまで衝撃映像としての報道だった。先日起こった重大ニュースではなく、見てる側をハラハラさせる世界の出来事として、テレビはサトシのことを伝えていた。
「わたし全然知らなかった。サトシがあんな無茶してたなんて……。あれはいくらなんでも……」
サトシのことだから、自分がどうなるかなんて1ミリも考えないで、勝手に体が動いてしまったんだと思う。
後先のことを考えて、怖がったりしない。それがサトシの良いところでもある。
けど、タワーの上から飛び降りるなんて。ありえない。本当に死んでたかもしれないのに。
もしあの場にバシャーモがいなかったら……?
考えただけで体の裏側すべてにぞわぞわが走る。
「……サトシ今どの辺だっけ」
「知るものか」
「確か次は……。ちょっと電話してくる」
「まさか捕まると思ってるわけじゃないよね?」
「サトシが捕まるわけないじゃん! ポケモンセンターのジョーイさんに頼むの!」
世界中で増え続けるポケモントレーナー。どの町へ行くか、どの地方を巡り、どんな大会へ望むか。トレーナーの数だけそれぞれの足取りがある。
カントー地方とカロス地方を結ぶ端末を持っていないサトシに一番有効なのは、ポケモンセンターにお願いをしておくことだ。
“マサラタウンのサトシというトレーナーがポケモンセンターを訪れたら、オーキド研究所へ連絡するように”。シンプルな用件だけをお願いして、わたしは鼻息荒く自分のデスクに戻った。
コーヒー色に染まってしまった雑巾が乾ききる前。サトシからの連絡は意外にすぐ届けられた。
通信機の前でわたしは大きく深呼吸をした。いつもの胸の高鳴りを治めるためじゃなく、怒りを沈めて冷静にサトシを向き合うためだ。
「サトシ、おまたせ」
「全然!」
「ポケモンセンターについたばかり?」
「いいや。ちょうどジム戦前の特訓をしてたんだ! 次のジムリーダーも手強いけど、絶対に勝ってバッジをゲットして見せるぜ!」
画面越しに笑ったサトシは見慣れたいつものサトシだ。そうだよね、サトシにとってはプリズムタワーから落っこちたのはもう数ヶ月も前なんだから。
「そっか……」
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
「あのね、ガブリアスの事件のことなんだけど」
「ガブリアスの事件、ガブリアスの事件……。あー、思い出した! ミアレシティの! それがどうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないよ……」
わたし、久しぶりに本気で怒っている。それがサトシにも伝わったようだ。サトシが急に静かになった。
「今朝のニュースで一部始終、見たよ。もうずっと前に終わったことだっていうのは分かってる。でも、すごく心配した」
「そ、そんな怖い顔するなって……」
「本当に心配したの」
「そっか。ごめんな! でもオレはこの通り無事――」
「それは結果論でしょ!? サトシは、あの後バシャーモが助けてくれるのも計算済みだったの? サトシのことだから絶対違うでしょ!?」
「でも……」
「でもじゃないよ!」
無鉄砲さではサトシに勝てないけど、サトシは口ではわたしに勝てない。反論が無くなったのかサトシは頬を人差し指でかきながらぽつりと言った。
「なんか、ママみたい」
その一言でわたしは頭を抱えた。
サトシのこと、本心で心配している女子に対して、「ママみたい」って、ほんとサトシは鈍感通り越してバカだ。
「……もうママで良いよ」
「え?」
「サトシがわたしのことどう思ってても良い。だけど、わたしはサトシがケガしたらって考えるだけで心配でどうにかなりそうなの。めちゃくちゃサトシのこと気にしてる人間がいるってこと、無茶する前に、それをちょっとくらいは思い出して行動してよ……」
「……」
「それくらいお願いしたって良いでしょ……? サトシがケガしたらわたしは悲しいだけで済むけど、サトシは違うんだから」
一時の無茶でケガして、もしもそれが原因で旅が出来なくなったら。そしたら一番悲しむのはサトシだ。
わたしがサトシを好きな気持ち。それが自分勝手に抱いてしまった独りよがりなものとは分かっている。サトシの中でわたしの存在はそんなに大きく無いのも分かってる。けれど、サトシの幸福を願うくらいは許されるはずだ。
危ないことする前に、心配してる人のことを思い出して。
そう願うのが、お節介な幼なじみの枠をはみ出ない行為だと、サトシも感じてくれてると良いんだけどな……。
「ってさ、そういう顔たまにするよな」
「え?」
そういう顔ってどんな顔だろう。今回は怒りの気持ちとかの方が強かったから、いつもみたいに照れまくっているというわけでも無いだろうし。
「なんていったら分からないけど、オレ、のそういう顔に弱いんだよな……」
え。わたし、そんなに怖い顔をしていたのかな。サトシを気迫で負かしてしまうくらい怖い顔なら、般若レベルだったかもしれない!
そっと確かめるように触った自分のほっぺたは、意外なくらいにこわばっていて、わたしは冷や汗をかいた。
「ごめん! 心配かけて! 次は気をつけるよ! ……できたら」
「できたら、なんだ?」
「だってさー、気づいたら体が動いてるんだよ! ガブリアスもピカチュウも、ほっとくなんて出来なくてさ」
「知ってるよ。サトシって昔っからそうだもん。だから、出来たらの話でも、意識してくれただけで進歩だと思ってるよ」
「へへ」
「褒めてないって」
そうやってちょっとでもプラスのことを言うと、ものすごくプラスに捕らえるんだから。
「うん。出来たらで良い。出来るだけ、気をつけて」
「ああ! 今度高いところから飛び降りる時はのこと思い出す!」
うーん、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。