ロケット団、次期幹部候補であるアポロ青年は第一印象から目に付き、かんに障る男であった。誰にあってもそうだ。常に笑みをたたえたアポロは品の良さを感じさせはすれど、決して対面が心地よい人間ではなかった。
彼が少年と呼ばれた頃からそうだ、今も変わっていない。白装束でくるんであっても、次期幹部候補という威光を除いても、覗く生来の性質の悪さから彼を恐れる者は後を絶たない。引き絞った弓のようにニッタリ細められる彼の目に、見つめられた皆が本能から警鐘を鳴らした。彼は危ない人間だ、と。
当時まだしたっぱ団員でしかなかったランスも、もちろんその例外では無い。ただ彼がひとつ、周りと違うところがあった。アポロに対する本能のサイレンを感じながらもランスは思っていた。彼は、おもしろい。
ランスの興味が通じたのか、それとも抱いた関心は接触の兆しだったのか。様々な始まりはその、アポロ青年によって幕を上げられたのだった。
「あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」
アジトの中でも比較的開けた、飲食スペースでの出会いだった。それとなく避けていく人々によって出来た道の上を歩き、彼はランスの元に現れた。
遠くから常に、下っ端を舐めるような目つきで鑑定するアポロの視線は感じていた。
ゆえに、ついに来たか、というのがランスの正直な心境だった。
「ああ、私から先に名乗りましょう。私の名は――」
言いながらアポロはランスの真向かいのに座った。ゆったりとした動作なのに、ランスの視界でアポロがぶれる。久しく味わっていない緊張のせいだった。食堂のライトにあたった髪がつやめいて目もチカチカした。上手くみていられない彼。蜃気楼を思わさせられる。
彼になめられてはいけない。ごくりと口の中のものを飲み込むフリで緊張を押さえつけてから、ランスは余裕を装い笑む。
「アポロ、でしょう」
「おや、覚えていましたか」
覚えていましたかなど白々しいとランスは思った。次の権力者は自分だと、あれほど下っ端にまで存在を誇示させておきながら、そして人を視線で締め付けておきながら、覚えていましたか、など。
印象通り食えない男だ。腹の中で悪態をこしらえながら、ランスの口は賛美を吐き出した。
「ロケット団の中であなたを知らない者はいませんよ。サカキ様の右腕であられたネイサ様のご子息にしてわが団の次期幹部です。エリート中のエリートじゃないですか。しがない下っ端の身には恨めしい限りです」
眉尻を下げたアポロは、端からならば気を良くしたように見えた。
アポロの表情が柔らかく愉悦を深めれば深めるほど、周りの人間が関心を他へ向けようと必死になる様子はおもしろい光景であった。
「で、わたくしめに何か用でしょう?」
「お前に特別な頼みがありまして」
「頼み……」
「中途半端な人間には頼みたくない仕事なのですよ」
特別という響き、お前は中途半端な人間じゃないだろうとアポロは暗に言った。目の前の薄笑いをランスはしげしげと見つめた。
「なぜ私などにそのお話を?」
「おや、皆まで言わせるほど馬鹿ではないと思ったのですが」
「………」
「私がもう人選を始めているのに気づいているのでしょう。その中でお前を指名しているのです。光栄に思ってください」
「光栄?」
思わずランスは腹を抱える。乾いた嘲りがプレートの上で跳ねた。
「何の権力も持っていない男が何を言っているのですか! 私はあなたの部下ではありません。そしてあなたはただの男だ。幹部になり得る未来が何の役に立つのです。そんなのは私でさえも持っていますよ」
アポロをあざ笑う目の色は、下っ端に収まるものではない。
言葉にしたように、自分が幹部になる可能性は充分にあると自負しているのだろう。自信に満ちた振る舞い。その全てはアポロの気を留めるに至らなかった。
「……ランス」
怒ることも言い返すこともせず、アポロは呆れたように肩をすくめる。教えたはずが無いのに呼ばれた名前、そしてヤレヤレ、と言う仕草にランスの嘲笑が止まる。
「幹部を目指している割に平和な考えを持っているようですね。私はお前の可能性を生かすための話をしているのですよ。お前は人一倍の野心があるようですが、その野心を叶えたいのなら人に恩を売ることを覚えた方が良い」
言葉少なだったアポロが話の主導権を握ると、ランスはすぐに口を挟めなくなった。
今まで保たれていた一気に背筋を乱す。アポロは真正面から挑戦的に睨みつけてくる。
「権力? そんなのはお前が認めれば済む話です。目前の権力に従うのはやめなさい。その野心をドブに捨てるつもりですか。権力は、己の感覚で認め、それに習えば良いのです。お前はあの上司に権力を見いだせるのですか?」
畳みかけられる言葉に、ランスはすっかり聞き入っていた。アポロの声はつららを伝って落ちてきたかのように冷たくランスの意識を打つ。
この男は思った以上に自分を見抜いている。心の中で今の上司を見下していること、いや、サカキ様を除いたほとんどの幹部を下に見ていることをこの男は知っている。腹中は確実に見透かされている。
ランスは腹を抱えた嘲り笑った時からそこに置きっぱなしだった手で、思わず自分のへそをなぞった。
「お前の言うとおり私はまだ、ただの男です。けれど始まってからでは遅いのです。何もかも。1から始めてはならない、0から物事を考えてください」
言葉を切るや否や、アポロは一枚の紙を取り出す。手のひらサイズの紙に書かれた手書きの文字。虚ろな目で、それが住所であることをランスは読みとる。町の名前、番地、そこまで読んだところで紙は回収された。
「今の上司についていくか、それとも私の将来についてくるか、決まったならつまらないことは気にせず今の住所に来てください。頼みごとは私の家に有ります」
用件は済んだ。そう、すらりと白い服の裾が翻る。
去りながらアポロは手持ちのデルビルに先ほどの紙を燃やさせている。器用な背中を見留めたランスは、白煙を、焦げた臭いをギリリと噛みちぎった。