中央にルビーのようなジャムの乗ったクッキーがのお気に入りのようだった。その次にざらめがまぶされたサブレばかりが消費されていく。キラキラと光っていたものばかりを平らげ、残されたのは薄茶色のクッキーばかり。何とも分かりやすい。
ランスがじゃばじゃばと適当に煎れた紅茶でもはおいしい、おいしいと言いながら飲んだ。
がそうして笑顔をこぼす度にランスは思うのだ。単純でチョロい子供だ、と。
「ランス、本当に新しい家政夫さんになってくれるの?」
「ええ、まあ」
飽きたらすっぽかさせてもらいますがね、と心の中でランスは続けた。
目の前の子供はどうでも良いが、アポロひいてはありし日のロケット団ナンバー2のプライベート部分には興味があった。ナンバー2とはアポロとの父、ネイサをさす。今は亡きネイサはロケット団の参謀役だった。
ランスはネイサに憧れのようなものを抱いていた時期があった。サカキを深く尊敬し、従順であり続けたネイサ。自身も才能を持ちながら、常にサカキの下で謙虚に働き続けていた人物で、サカキから絶対の信頼を受け、また部下からも頼りにされていた。自分も彼のようにサカキの一部として働けたらと思うことがランスにはしばしばあった。
彼の下につきたいと願ったこともあった。知略に長けていた彼に習いたいことがたくさんあった。彼はランスが入団した直後に死んでしまったので、それはもう叶わぬ願いだ。
けれど、今ランスがいるのはネイサが暮らした邸宅。かつて憧れた人物の内実が詰まっているであろうこの家に興味を持たないはずがなかった。
(この家にいれば、もしかするとネイサさまに近づける……)
そう思えば、押しつけられた下働きも足下に転がり込んだ幸運に思えた。あの喰えない男・アポロの懐に入り込んでいるという感覚もランスにとっては悪くない。
たとえその懐が針の山であってもだ。
の後ろについて、洗面所まで歩くだけでも、
生活スペースは簡素に片づけられているが、奥の部屋には
「……気をつけてね」
目を細めるランスに、そんな言葉が届いた。誰でもないだった。ランスを見つめてくる。不穏な響きとは逆に、まんまるなだけで何も写さない瞳の様子がまた不気味だった。
「気をつけるって、何を」
「あのね、アポロお兄ちゃんはお手伝いさんをいっつも追い出しちゃうの」
「……詳しく聞かせてくれますか」
「にはよくわからない。けど、自分でつれてきて自分で追い出すの。いつも突然辞めさせられちゃう。前の人はちょっとかわいそうだった。雨が降ってたのに、むりやりお外につれてかれて……」
は克明に覚えている。笑顔を浮かべた兄と対照的に顔を青くする家政婦たちの組み合わせを。
アポロが家事手伝いを追い出すときは本当に突然だ。昨夜、作られた食事を満足そうに食べていたと思えば、次の日にとつぜん首を切る。自分が家に戻ってくるのと入れ違いだと言わんばかりに、人を外へ放り出す。
使い捨てられる大人と、人を使い捨てるアポロをは数回見てきた。
「何度もあるんですか、それ」
「えーとねぇ……」
首をかしげながらは指をひとつひとつ折りだした。片手の数をゆうに超えて、中指ではたと止まる。
その小さな手を見てランスは感嘆した。
「8人も!」
「うん、8人も。だからランスは9番目だよ」
言いながらは薬指も折った。
「気をつけてね。に余計なこと教えちゃだめだよ」
「何故です」
「お兄ちゃんが嫌がるから。ランスはとあんまり仲良くならないよう、気をつけてね」
「それもあなたのお兄さんが? ……ハッ。あなたと私がいつ、仲良くなるのですか」
ランスに、目の前の少女と仲良しこよしする考えはかけらも無い。この家にとどまるのはただ自分がのし上がるための材料を求めてのことだ。目の前の彼女は道具のひとつにすぎなかった。
嘲笑は幼い少女にいったいどう伝わったのだろう。悪意を受け取ったにしては、の目は
目を丸くさせただけからはそれが読めない。
「ランスっておもしろいね!」
「それはこちらのセリフですよ」
形となって姿を表し始めたアポロのねじ曲がった部分。
アポロが嫌がるというのなら、わざとこの少女と仲良くなってみるのも一興だ。アポロの異常行動の矛先がいつ自分に向くか。ランスは待ち遠しくて仕方がないのだった。