白無垢とサンシェイド


アポロ邸につきドアを開けると、いつから待ちかまえているのだろう、必ずがランスを出迎える。まるで幼少の頃から馴れ合った親戚を迎えるようには手招くが、ランスがその誘いに乗ったことはまだ一度も無い。


「あーあ。せっかく門までおむかえしようと思ったのに」
「知りませんよ、そんなこと」
「昨日約束したよ。次は待っててねって」
「忘れました」
「明日こそは待っててね。約束!」


朝からしきりに話しかけてくる彼女をはいはい、と適当に流し、たてられた小指を軽くかわし、明後日の方向を示す彼女の寝癖は見ないフリをし、ランスは仕事に取りかかる。
といってもあまり外部の影響が無いアポロ邸で、いつも家政夫の仕事は少なかった。兄妹の朝食の跡を片し、夜の間にが散らかしたものがあればそれを元に戻す。せっせとこの家の生活感を消しにかかっていると、ランスは最近はすっかり意識しなくなっていた自分の性質を思い出した。自分はほかの人間に比べれば潔癖であった、と。

決まった時間になれば、庭が騒がしくなる。アポロが大量に飼っているデルビルとヘルガー。普段は警備を兼ねてか外に放たれている彼らが集まってくるのだ。そのときが彼らに餌をやるタイミングだ。


「まったく、こんなにデルビルばかりを飼って何が楽しいのか……」
「デルビルもヘルガーも、おりこうだよ!」
「そういう問題じゃありません」


餌を従順に待つヘルガーの群れ。黒と赤と、牙の白色がうごめく様子を直視してしまうと、ランスは胸焼けのようなものを覚える。たった一種のポケモンをここまで執着して育てているということ自体が、ランスにとって理解しがたい感覚だった。

それが終わればランスは自分の時間を手に入れる。といっても家政夫業も忘れるわけではない。彼女の願いをふたつ返事で、気まぐれに聞いてやる。


「ランス、これ飲みたい」


チラリと見るとはインスタントココアを袋を持っていた。投げやりにランスは言う。


「どうぞ」
「あの、お湯をわかして?」
「自分でやりなさい」


ランスは家政夫の立場は受け持っているが、気が向かなければ遠慮なく黙らせようとした。


「どうしたんです。やり方は分かってるんでしょう」
「お兄ちゃんが、は火にさわっちゃダメって……」
「それならもう貴女は兄との約束を破っているじゃないですか。デルビルやヘルガーは炎タイプです」
「炎と火は違うよ、たぶん」
「同じです。それに言わなければ分かりません」
「お兄ちゃんに言わない?」
「言いませんよ。面倒ですし」
「……ありがと!」


は、これがあの食えないアポロの妹なのかと疑うくらい扱いやすい少女だった。

彼女のロジックはいつも単純だ。答えがイエスとノー以外になることは少ないし、理由もハッキリしている。子供らしいわがままな矛盾は多々あれども、理解する力の備わっている彼女の主張に、自分の主張を整合し理解させるのはそう難しいことではなかった。
の好みとポイントをつかんだランスの口はよく回り、いつも簡単に彼女はうんと頷かざるを得なくなる。


数分後、はココアがなみなみに入ったマグを抱えてランスの横に戻ってきた。うっとりと口をつけている彼女を見て、ランスはしめしめと思った。ココアがある間のはおとなしい。

好みのハッキリした性格もランスにとっては扱いやすいと感じる要因のひとつだ。
好きなものは猫っかわいがりし、嫌いなものは頑として受け入れない。子供の前で大人ぶってみせるような大人ならばその振る舞いを正そうと躍起になり、扱いに困ったかも知れない。が、ランスにしてみればやりやすいことこの上なかった。
好き嫌いはよくありませんなんて言うつもりは毛頭無い。良い子の顔した子供ほどムカつくものは無いというのがランスの感覚だったし、ランス自身、好みが激しい。その上好きなものの数より嫌いなものの数の方が断然上まっているのだ。何もかもが好きになれる人間ほど嘘くさい生き物はいないとランスは思っている。


彼女がマグカップを高く傾ける。そろそろココアが無くなるようだ。
カップの底にたまる粉末の溶け残りが垂れてくるのを待つを置いて、ランスはキッチンに出向いた。そして残りの湯を確認して、もうひとつのマグにココアをつくる。

ココアが飲み終われば彼女はまた、ランスに何か家政夫らしいことを求めるだろう。ならばにはココアもう一杯ぶん、静かにしていてもらおう。

おかわりですよ。煩わしいことは回避したいランスは唇を茶色くしているにココアを盛った。