白無垢とサンシェイド


いったい何がランスの勘に障ったのか。突然声を荒げ料理をする気になったランスの心情が全く理解出来なかったは、冷蔵庫の中身を食い入るように見つめる彼を遠巻きに見つめているしか出来なかった。

ランスはいつも涼しいまなざしとやや上げた口端でを見下ろしてきた。けれど、どうしたことだろう。冷蔵庫と向き合う彼は今までで一番険しい顔をしている。
チッと鋭い舌打ちが聞こえて、はようやくランスが今までの家事手伝いとは種類からして違う人間であると深く理解した。


茶碗の用意が無いこの邸宅で、それはスープ用の深皿に盛られて出てきた。
苛立たしげに机へ置かれた彼の手料理は今まで見たことも食べたこともない、形容しがたい組み合わせで、は開口一番に訪ねた。


「これ何?」
「たまごかけごはんです」
「………」
「たまごかけごはんを馬鹿にするんじゃありません」
「してないよ!」


実際はたまごかけごはんを馬鹿にはしていなかった。ただ、奇天烈な食べ物と思っただけだ。

ランスがなにか奇妙な調理をしたようにも、何もしていないようにも思える。

皿の前には一膳の箸が並べられたが、それもにとっては驚きだった。ご飯の上に卵をかけるのだからオムライスに似ていると思ったけれど、これは箸で食べるものなのか。

たまごかけごはんをまじまじと見つめるを見て何を思ったのか、ランスはまくし立てる。


「言っておきますが、決して私が料理が出来ないという訳ではないんですよ。ただ、冷蔵庫の中身があまりに貧相だったもので。ちゃんと買い揃えてあればこんな苦労はしなくて済みました」
「ご、ごめんなさい?」
「あと、残したら許しませんよ」
「……はーい」


自分の分も用意したらしい。
ランスはもうワンセットたまごかけごはんを持ち出し、の向かいへ座った。手を合わせることはせず、慣れた様子で

はおそるおそる手を合わせた。


「ランス、これ!」
「感想は求めてません。黙って食べなさい」
「おいしいって言おうとしたのに……」
「……黙って食べなさい」
「はーい」


日常はランスにとって不服な形で変化をはじめていた。
アジトを中心に寝食を繰り返し、換えの利く部品として働いていた。ロケット団は決して部下をネジやちり紙のように扱う組織では無いが、ランスに割り当てられているのは明らかに、誰でも代わりとなれる仕事であった。

今の務めているのだって価値の見いだせない仕事であるのは確かだったが、しかし、アポロは自分を選んだのだ。多数の下っ端がうごめくあの食堂で、アポロは自分だけを目指し歩いてきた。その事実はランスをこの場に留まらせる。
ランスにとってあんな男に選ばれたところで優越感など湧かない。けれど、幼少の頃にかいた恥のようにアポロの挑戦的なセリフが繰り返し思い浮かぶ。

“目前の権力に従うのはやめなさい。権力は、己の感覚で認め、それに習えば良いのです。”



ふとランスが顔をあげればはたまごかけごはんと箸の組み合わせに苦戦していた。食べる速度は非常に遅い。粘着力を失った米を何度も取りこぼしている。
見かねて、ランスは自分の食事を中断する。スプーンを取りに立ち上がった。


「ほらこれを使いなさい。……お願いですから、綺麗に食べてくださいね。机はまだしも床まで汚されては面倒です」
「あ、ありがとう」
「いいえ」


配属を人目を避けた静かな邸宅に変えられて数日。日常はランスにとって不服な形ではあるが、あらたな形をとり始めていた。