それはネイサのものと思われる本棚を物色するランスの横で、繰り広げられた。
「見てランス! このポケモン知ってる?」
再三邪魔をしないようランスに言いつけられている。上に、“とあんまり仲良くならないよう、気をつけてね”。そう忠告したのはのはずだった。なのに彼女の興味はしきりにランスに向く。
自分がもたらした忠告を忘れ、はわざわざランスの横にやってきては、自身の胴ほども大きなポケモン百科事典を床に広げる。
無言のまま寄越される視線は厳しいものだったが、家政婦業を放棄しきっているランスの興味がようやく自分の方を向いたのだ。関心を得て嬉しくなったはますますはりきって紙面の中へ指を差し続ける。
「あのね、チルタリスって言うんだよ! でね、こっちは……」
繊細に羽を描き込まれた青い鳥の絵を指したかと思うと、うっかりページに切り落とされそうに思えるほど細い指はパラパラと器用に本を開き、次のページを捜し当てる。
そこにはまた、体毛を美しく描写されたポケモンの絵があった。
「こっちはミミロップ! 触ったらきっと、ふわふわだね!」
ミミロップの柔らかな毛並みを思い浮かべた表情。それは、実際の毛皮のように肌にまとわりつく嫌みをランスに感じさせた。
彼女が煩わしくなってやったことだった。
怒りが頂点に昇り詰めて、我慢ならなかったのだ。
「いたいっ!」
ランスは容赦無く彼女の腕をひねりあげた。憤りを言葉にまとめるなど、煩わしいことはやっていられない。
無言のまま引きずるようにして彼女を連れてきたのは、寝室の奥にあるウォークインクローゼット。取っ手や扉の形、広すぎないスペース。家へと入り込んだ日に、この場は誰かを閉じこめるのに適当な場所としてランスの視界を引きつけた。閉じこめる人間がまさかだとは思っていなかったが。予想外の出来事にささやかに笑いながら、薄暗く、雑然としたクローゼットの中へ、ランスはを放った。
「いい加減うるさいんですよ。そこで大人しくしていてください」
「ランス?」
「勝手に出たら承知しませんよ」
目を丸くして縮こまった彼女。か弱い生き物に動かされる心など持っていないランスは戸惑い無く扉を閉め、その前に椅子やら机やらを持ち寄り適当なバリケードを張った。
を閉じこめたクローゼット。それを見やりランスは少し愉快な気持ちになる。
ああこれで、邪魔者はいなくなった。ようやく得られた静寂にランスは心の底から満足していた。
軽やかな足の運びでランスはソファに戻り再び読みかけの本を広げた。再び活字を追い始めるランスに彼女への同情などはかけらも無かった。
ランスにとって、のいない時間はとても有意義な時間であった。
一冊の本を読み終えて、時計を見たランスは驚く。まだほんの数十分しか経っていなかったのだ。いつもはに邪魔されて進みの悪かった読書がおもしろいように進んでいく。
嗚呼この方法は良い、とランスは自分の行動を自分でたたえた。今後も使わせてもらおう。がうるさくなった時にはこうして、閉じこめてしまえば良い。
自分が家政夫の仕事を終える頃、アポロが帰ってくる頃には彼女を出せば良いのだ。なんの問題もない。彼女が言うことを聞かなかったから罰を与えたまで。それがランスの考え方だった。