ついにを外へ追いやった。さあ、これで子供のうるさい声から解放される。アポロ邸に来て、初めて感じた愉悦。柄にもなくランスの手はグッと拳の形を取る。気分良くアポロ宅において一番装飾過剰で高そうに見える茶缶を勝手に取り出し紅茶をいれた。
いつもはインスタントコーヒーを湯に溶かし飲むのがランスであったが、今日はポットで茶葉をしっかりと蒸らす。それほどに機嫌が良いのであった。
さあ、頃合いだ。ポットの中で十分熱が周りより香りの引き立った紅茶をカップに煎れようとしたときだった。
バシンバシン。ガラス戸がたたかれた。バシンバシン、容赦なしにたたかれたガラス窓枠全体を揺らす。
「あなたですか……」
忌々しげに見やった窓には、涙と鼻水をたらしながらチルットを抱えただった。
渋々ランスは窓を上げる。
「らんすぅ……」
「はい、なんですか」
「チルットの元気がなくなっちゃったの!」
「そうですか」
「………」
「要求があるんなら言葉にしなさい。可哀想な顔をすれば誰かが勝手に助けてくれるとでも思ってるんですか」
「ご、ごめんなさい……」
ランスの厳しい言葉にの目にたまっていた涙がぼろりとこぼれ落ちる。けれどもは気を張って服の裾で涙をこすって消した。
ランスの言葉が正しいのはにも分かっていた。
惨めなふりをして助けられるのを待っていてはいけない。辛そうに息をかすれさせるチルットを抱え、はもう一度ランスを見上げた。
「チルットを助けてほしいの」
「ポケモンですよ。放っておけば良い」
「そんなのできない! すごく、痛そうなの……。羽が焦げてる……。ランスお願い。わたしじゃなにもできない。わたし、チルットは好きだけどチルットのことよく知らないの。わたし何も知らなくて、分からなくて……どうしたらいいの?」
その時、の涙ではぴくりとも動かなかったランスの心が揺らめいた。
優しさのない言葉をすぐに飲み込んだ。自分の無知を認めた。
子供には違いないけれど、全く考えなしの馬鹿ではないようだ。
「……分かりました、私に見せてください。それと服で鼻水を拭くのはやめなさい。ハンカチくらい持ってないんですかあなたは。これで鼻水を吹きなさい」
「うんっ……」
差し出したハンカチと交換に受け取ったチルットはぐったりと覇気がなかった。息はしているが、の言った通り羽のところどころが焦げている。
青い体毛が酷く抜けた場所には赤く爆ぜた痕。この傷がチルットを苦しめているのは明らかだった。
「これはやけどを負っていますね」
「やけど……?」
「……全く、そこまで常識知らずだとは思いませんでしたよ、呆れました。あなたがなるやけどと同じものですよ」
「じゃあやっぱりヘルガーのせいなのね。ランス、ヘルガーがいきなり火をはいたの! どうしてなの!?」
「はぁ? そんなのあなたがバトルを仕掛けたからに決まってるでしょう。攻撃されたとなればヘルガーも火くらい吐きますよ」
「でもヘルガーはいつもは優しいのに……」
「どんなに優しそうなポケモンでも攻撃されたら自分の命は守ろうとする。自分を守るために攻撃してくることも。まあ、攻撃される覚悟がないのならバトルはやめておくんですね。……そろそろ泣きやんではどうですか。うっとおしい」
「だって、チルットがすごく苦しそう……」
「心配いりませんよ。、モンスターボールを出してください」「え?」
「チルットをボールに戻すんです」
ランスに言われたままボールを投げる。チルットは小さくなってボールに吸い込まれた。
「これでもう大丈夫です」
「どうして!」
「あなたの目は節穴ですか。チルットのとくせい“しぜんかいふく”。いつも読んでる辞典に載ってませんでしたか?」
「なにそれ?」
「……説明は面倒なので自分で本でもなんでも使って調べてください」
「なんで? ランスが教えてくれないの?」
「止めてください、私を頼るのは。仕事以上のことはしたくないんです」
「どうして!? ランスのいじわる……」
はぁ、と深く深くため息をついたランスをは見上げる。
「なんのメリットが無いこと、この私がやるわけないでしょう」
「じゃあ、めりっとがあればランスはたくさん教えてくれるの?」
「私が行動するに値する程度のメリットがあればの話です。あなたには一生無理ですよ」
さあチルットを回復させましょう。そういって涙の跡が残ったをめんどくさそうに引きずる。
結局が部屋に戻ってきてしまったこと、そして机の上で苦くぬるくなった紅茶を見つけてランスの眉間はますます難攻不落の迷路の様相を呈していくのであった。