白無垢とサンシェイド



チルットさえ与え、庭に放り出せば勝手に遊び出す。その思惑はのあまりの無知さの前に崩れさった。
ランスは失意で目を回しそうになりながらもチルットにきずぐすりを与える。

まさか、もらいたてのチルットをアポロのヘルガーに差し向けるなんて。手を打たないと自分に損失が出るのは明白であった。

今度はと共に自身も庭へ出る。


「ポケモン育成の基礎だけ、教えてあげます」


浴びせられたのは期待にうずいた視線だった。いつの間にか芝生の上、三角座りまでしている。


「勘違いしないでください。無闇やたらにバトルされて何度もチルットをひんしにさせられてはこっちの資源が無駄になるから仕方なく教えるんです。きずぐすり代も安くないんです。……分かってますか?」
「わかってるよ? わかってるよ?」
「どうして二度も言うんですか」
「だって、うれしいんだもん!」
「……お願いですから集中して聞いてくださいね」


ごほん、とものものしい咳をして、ランスのチルット育成指南が始まった。


「あなたに教えるべきことはたくさんありますが……、まずは“相手を選べ”ということです。前回あなたのしたことの何が悪かったのか。それは対戦相手をきちんと選ばなかったことです。、チルットとヘルガーどちらが強そうですか?」
「ヘルガー! だってお兄ちゃんのポケモンだもん!」
「……その通りです」


それが分かっていてなぜヘルガーを相手取ったんだチルットが致命的なダメージを受けることは予想できなかったのか後先考えずに行動しやがってそれが私の時間を奪うんだそれくらい分からないのか。
どっと文句と怒りが溢れ出しそうになったがどうにかこらえる。少女相手に正気を失うのはランスのプライドが許さない。
不機嫌さを眉間のしわに現れさせながらもランスは続ける。


「ここのデルビルやヘルガーたちは育ちきっています。人に育てられたポケモンは基本的に野生のポケモンより強い。きちんとしたトレーナーに育てられたポケモンはよく鍛えられ、戦いに慣れています。独自の戦術を持っていたり、強い技を覚えていることも多い。まずあなたの敵う相手じゃない」
「そっかぁ」
「バトルをしかけるのは野生のポケモンにしなさい」
「野生のポケモン?」
「オタチやコラッタやナゾノクサ。勝手に庭に来ているでしょう? 狙い目はナゾノクサです」
「どうして?」
「あなたは今朝チルットに何を食べさせましたか?」
「えっと、お庭の木の実。……あっ」
「分かりましたか。チルットにとってナゾノクサは食べ物に近いポケモンなんです。あなたは昨晩、白身魚を食べましたね。せいぜい15cm程度の小さい魚です。あの魚にならあなたでも勝てそうな気がしませんか?」
「……うん、分かった!」


そう言ったに憎たらしい笑顔が戻る。
スカートの土ぼこりを払ったの顔にはやる気に溢れていた。


「ナゾノクサにどくやしびれごなをやられたら必ずボールに戻すんですよ!」
「分かったー!」


庭の端から返事が飛んでくる。
けれどは振り返らない。もう草むらの影にナゾノクサがいないか夢中で探している。

教えることは教えた。ここは彼女を傷つけるようなものはいっさい侵入できないアポロ邸。心配はいらないし、彼女を気にかける義理もランスにはない。
けれどランスは草むらに潜り込む彼女から目を離すことができなかった。どんなに不安要素を取り除いたとしても、いつどんなものにが躓くのか分かったものではない。空回りしそうなほどにやる気をみなぎらせていた
気づけばランスは屋敷の中から庭へ、椅子を運び出していた。陽光の下で読みかけの本を開くが、中身が頭に入ってこない。風の音に乗ってやってくるの微かな気配だけが意識を奪っていく。


「私は、何をやってるんでしょう――」


答えてくれるような人間などここにいなかった。