白無垢とサンシェイド



この家の空気など一秒たりとも吸っていたくない。
騒々しくアポロの部屋を抜け、自らの荷物を乱暴に掴みとる。
元々アポロから不当な扱いを受けているとランスは感じていたが、あのように存在をないがしろにされるとまでは予想していなかった。

ランスの怒気を感じ、が恐る恐るランスを追いかけてくる。


「ランス、帰っちゃうの?」
「ええ」
「でも、具合が悪そう。お顔がまっかよ?」


ランスの顔を赤く染めあげているのは怒りだ。それを知らないから指摘される。また恥が上塗りされた。のために止めていた足を、この家の玄関へ向ける。


「っほんとうに帰っちゃうの?」
「先ほどそう言いましたよね?」
「でも、もうちょっと一緒にいたっていいでしょ?」


無理だとは分かっていながらもだめ押しの甘えをは押しつけてくる。
丸い瞳で見上げてくる彼女は、兄の考えなどかけらも知らない。ランスが先ほどに深く関わる提案をされたことすら。


、覚えておいてください。私はアポロが大嫌いです」
「そっか。ごめんなさい。今日はおうちにお兄ちゃんもランスもいて、わたし、うれしかった」
「……では」


扉を開け放しランスは冷たい夜へと行く宛もなく飛び出す。
ランスの帰る場所といえば団のアジトのみだったが、平静を保てない今は仲間のところに顔を出したくない。心乱れた自分を見せられる人などランスにはいなかった。
誰か行きずりの女でも捕まえて、一晩泊めてもらおうかと考えたが、女という単語がちらついた一瞬に、の顔が浮かんだ。先ほど、ランスを追いかけ、帰ってしまうのと寂しがっただ。


「クソ……っ」


私はどうすれば良いのだろう。混乱した頭を抱え、ランスは汚らわしいものを振り払うように夜を駆けた。







ランスの消えた扉の前では立ち尽くしていた。ランスが強く開け放した扉は閉まらず、ぽっかりと口を開けている。
扉の向こうには夜の闇が広がっている。目をこらせば見えた、混乱するランスの背ももう見えなくなってしまった。
扉を閉めたのはランスと時間をずらして戻ってきたアポロだった。

しっかりと鍵をかけ、アポロはの肩を抱く。


、部屋に戻りましょう」
「お兄ちゃん、ランスとケンカ?」
「ええ、まあ」
「お兄ちゃん何したの?」
「おまえには関係の無い話ですよ」
「ふーん……」
「行きますよ。もう寝る時間ですし」


アポロが促すが、はまだランスが消えていった扉を見ていた。


「ランス、お兄ちゃんのこと大嫌いだって」
「そうですか」
「……悲しくないの」
「どうして悲しくなれるんですか。私が誰かに嫌われたとして悲しくなるのはだけですよ」
「うそ」
「嘘ではありませんよ」
「じゃあサカキさまは? サカキさまに嫌われたら悲しいでしょう?」
「それはそうですね。悲しくもなります」
「ほら。の言うとおり」
「でも私はサカキさまに嫌われてもロケット団の仕事を続けられます。に嫌われたら私は――」


言いかけたアポロをまじまじとが見上げた。真昼の月を見つけたように強い視線で。だがアポロが最後まで口にすることはなかった。


、おまえはランスをどう思いますか?」
「どう思うって?」
「アレはおまえにとって一緒にいられそうですか?」
「一緒にいるのはだいじょうぶ。だってわたしランスが好き。いじわるするけど、いろんなことを教えてくれるもの」
「そうですか」
「ランスはお兄ちゃんのこと嫌いって言ってたけど、お兄ちゃんは? ランスのこと好き?」


その問いかけにもアポロは答えず、が夢へと落ちる最後まで笑顔を浮かべたままだった。