白無垢とサンシェイド


どうやら自分はあの後しっかりとアジトにたどり着けたらしい。目覚めた場所が団内で、あてがわれた自分のベッドであることにランスは心底安堵した。

無理矢理の睡眠のせいかランスの体を倦怠感が支配していた。上は脱いだが、下は団服のまま寝たらしい。しわのついたランスのズボン。硬く下半身がひきつる。

酷い一夜だったとランスは振り返る。まさか、年の離れた少女との関係を押しつけられるとは。一晩経ってもランスにとって、アポロの提案はあり得ない内容であった。
世界には変わった趣味の人間が五万といることをランスは知っていて、それにいちいち嫌悪していられないというのが他人への理解を嫌うランスの意見であったが、自分にあてがわれると流石のランスも様相が変わってくるようだ。
ありえない、というのがランスの脳内で一番警鐘される言葉だった。警告の音はとランスの年の差を考えるとき、激しく鳴り響いた。


自分の冴えない下っ端生活を変えようとアポロについてみたのがそもそも間違いだったのだとランスは考え始めた。
やっぱり私が追い、求め、つくのはサカキさましかありえない。その間に何者も必要無いのだ。冷たくなったシーツの上、アポロという人間の酷さがランスのサカキへの思いを強くした。


「寒……」


肩をさすった。思わず声にも出る。
今日はぐんと気温の冷える日だったようだ。
地下から上がり外の景色を見てみると、冷め冷めとした雨が鈍色の空から静かに降り注いでいた。


「………」


ランスをアポロ邸に運んだのは、習慣などという言葉では片づけられない重い何かだった。

戻りたくはなかった。もはやランスにとってそこは悪夢の館だ。あそこにいたらロリコン、幼児性愛者の仲間入りをさせられてしまう。戻ればアポロの思い通りであり、彼に笑われる落ちが待っている。
だがランスの足は重いながらもアポロ邸にたどりついた。
幼女との結婚というリスクが取り巻いているのに、今日が酷く寒いと天気を確認したとき、ランスは邸内の様子が気になってしまったのだ。

ランスにとっては乗りかかった沈没船のようなものかもしれない。
入るまでの決心はつかない。
幸いが玄関まで迎えに来ない。迷いながらランスはたっぷりと雨降る庭をうろついた。

ランスの迷いを断ち切ったのは些細な外部からのノックだった。コツコツとガラス窓が響いているのをランスの耳は拾った。
微少な音だったが雨が降っている中で不思議と、まっすぐと差し向けられた指先のようにランスの耳をつついた。庭から音のする出窓へ回ると正体がすぐに分かった。
のチルットだった。チルットが外に出たがって窓をつついていたのだ。

ランスに気づいたチルットは羽をばたつかせ、後ろを振り返る。薄暗い部屋の中。チルットが指し示したところに、パジャマのままのがいた。ぐったりとソファに寝ている。雨天で陽の光が届かない今も薄暗い家、昼間になっても着替えを終えていない。ランスが異変に気づく要素は十分に揃っていた。

ランスの手際はよかった。すぐ手頃な石を拾い、窓ガラスを割る。割れた場所から手を入れ、外から窓の鍵を空ける。軽やかにランスは窓から侵入した。


「どうして“やっぱり”なんて思うんでしょうね……」


雨濡れの彼から滴った水が、の頬を打った。