白無垢とサンシェイド


割れた窓からサアサアと雨が入ってくる。
冷静に考えれば、玄関から入れば良かった。後で窓ガラスのことをアポロに弁明するのは面倒であろう。そう気づきランスは深いため息をついた。

革張りのソファーに横たわった。頬が毒々しい赤に染まっている。が熱に犯されているのが一目で分かった。


「……、ランス……?」
「ええ、私ですよ。昨日の夜は寒かったですか」
「う、ん……」
「今は?」
「頭は熱い、けど、おなかは寒い……」
「少し触りますよ」


元から凍ったように冷たい指先を持つランスにとっての熱はやけどしそうなほどに熱い生き物になっていた。


「気持ちいー……」


雨水の滴る手には強く頬をすり付けてきたのでランスはさっと手をひく。


「とりあえずベッドに戻りましょう。こんなところで寝てはダメです」
「でも……」
「何です? 持っていけるものだったら私が持っていきますから」
「そうじゃなくて、その、ランスびしょぬれ。着替えないと風邪ひいちゃうよ?」
「っ風邪をひいてるのは貴女です!」


反射的に怒鳴ると、はそうだったのかと言うように赤い顔で笑う。すぐに呆れが追いかけてきてランスは眉間に手をやった。


「ほら行きますよ」


ソファから叩き出すようにを立たせたが、すぐに座り込んでしまう。ふにゃふにゃと揺れる頭。


「しっかり立ってください」


無理矢理立たせようと首根っこを掴んだが、その首から匂い立つ熱に少しだけひるむ。しょうがなく俵のように肩にかけてを運んだ。

ベッドの上で丸まったにはある限りの布団をかけた。


「ランス、いっぱいかけ過ぎ。重いよ……」
「寒気がとれるまでは我慢してください」
「えー、うーん……」
「今薬を持ってきます」
「お薬……?」
「私のものですが。割って飲めば悪化はしないでしょう」
「いつも持ってるの?」
「体調管理は基本です」


ランスが妙にきっぱり言うのがおかしくて、もつい笑いをこぼす。
彼は意外にも手厚い看病をに施してくれた。水分、栄養、薬などなど。一通りの手を尽くし、最後に見守るようにベッドサイドに椅子を持ってきてくれたのには驚いた。ランスは「何ですか。私は本を読むんです」と突き放す態度をとっていて、本当のところがハッキリ示されることは無い。
けれど近くはないが遠いとも言えない距離にランスの存在がある。そう思えばの体にぞくぞくと宿っていた寒気は遠ざかっていった。


「なんだかアポロお兄ちゃんみたい……」


ぽつりとがつぶやくとピクリとランスの片眉が動く。


「バカ言わないでください」
「えへへ。……今日お兄ちゃんが忙しくて良かった」
「……どうしてです?」


そんな相づちを打てばがぐだぐだと話し出すとは分かっていた。だが聞いてやらねばいけない気がした。
鼻より上までブランケットを引き上げながらはか細く続けた。


「お兄ちゃん、の具合が悪くなるとすごく悲しそうな顔をするから……」
「………」
「ランスで良かった」


ランスはムッと眉を寄せる。その言い回しでは自分を粗末にされているようだ。


、強くなりたいなぁ」
「そうですか」
はお兄ちゃんを悲しませないために生きてたいんだけど、でもすぐ転んだりするし、こうやって病気になったりもするし……。今日の、わたし嫌い」
「……私は、冷酷な人間になりたいです」


とっさに口から出た言葉はランスの意表をも突いた。
今まで冷酷な人間になりたいのだと考えたことはなかった。ただ誰もが凍るような圧倒的な力を持ちたいのだとは思っていたが、それが確個とした言葉になったことはなかった。


「誰よりも冷たい、最も冷酷な男になりたい」


冷酷と、口にすればするほど自分の描いていた理想と馴染む心地がした。


「れいこくって、なに?」
「……別に。大した意味はありませんよ。さっさと寝てください」
「はーい」


丸まって静かになった。その横についてきたチルットがうたをうたう。
窓の外はさめざめとした雨だ。
庭付きの広い邸宅だというのに、全員が彼女の小さな部屋に集まっているのがランスにとって酷く滑稽に感じられた。