「この家には電話が無いのですね」
「うん」
「一体いままでそれでどうしてたんですか」
「お兄ちゃんは自分の電話を持ってるしー……、わたしに電話は来ないし。だから、いらないの!」
「だとしても即刻電話を置くべきです」
「どうして?」
「どうしてって……」
歯ぎしりをしながらランスは答える。
「突然の来客に対応できないからですよ!!」
ランスが本日がシルバーが来る日だと知ったのは、彼が玄関に現れてからだった。
不意に鳴ったアラーム。ここにくる部外者は自分だけだと思いこんでいたランスはまさかのベルの音に度肝を抜かれた。今まで郵便物すら届いたことのないこの家にいったい誰が何のようで? ソファから跳ね起きて警戒しながら戸を開ければ、そこにいたのは鮮やかな赤毛の少年、シルバーだった。
今はふてぶてしい顔でリビングにいる。
完全に気を抜いていたせいで、何もかもが手遅れだ。それらしいカップを探し出すところから始めて、今ようやくお茶を煎れるところまでたどり着いた。
指の先をやけどしながらランスはざっぱざっぱとお茶を煎れる。
「ロケット団は誰も来ないんじゃんなかったんですか!」
「シルバーくんはロケット団じゃないよ?」
「あの子供がいったい誰か、知らないわけじゃないでしょう!?」
「サカキさまのごかぞく?」
「知ってるじゃないですか……!!」
「そうだけどー、シルバーくんはロケット団じゃないよ?」
「……!!」
こちらの暗に言おうとことを無視して、ああいえばこういう。
だからランスは子供が嫌いだ。
「……あなたは友人は持ってないと言いました」
「そうよ! シルバーくんは友達じゃないの! わたしの恋人なんだよ!」
がっちゃん。手元のティーセットが派手な音をたてて崩れ落ちた。
がにんまりと笑う。そしてシルバーの元へ走っていき、飛びつくように抱きついた。
「ね、シルバーくん! わたしたちラブラブだよ、骨のずいまで愛し合ってるんだから」
「……ともだちですらねえ」
「えへへ。シルバーくんはいつもこう言うの。でもわたしシルバーくん大好き! シルバーくん、わたし早くお嫁さんになりたいな」
「フン」
「シルバーくん結婚しよ? とシルバーくんならきっと幸せな家庭をきづけるよ? 子供は何人が良い? 四天王作れるくらい? それともみんなでジムリーダーになれるくらい?」
「だからしねぇってば」
の大好きな人間。しかしシルバーはアポロが下手に無碍にできないサカキの息子だ。
ああこれは、厄介な存在だとランスは確信した。
「分かりましたから。、来てください」
呼び寄せるとたった数メートルの別れには泣きそうな顔をした。茶番はいいから来てください。そう強く告げると、渋々といった様子でシルバーから離れる。
「よくいらっしゃるのですか」
「ううん、すごーくたまーに」
「帰っていただくわけにはいかないのですか」
「なんで!? 今日はずっと一緒にいる!!」
「貴女、自分が風邪っぴきだってこともう忘れたんですか」
「……あ」
「全く……」
「ダメかな、シルバーくんに風邪うつっちゃうかな?」
「あまり近づきすぎないように」
それだけ告げて足でが戻るよう促す。ランスに足蹴にされても、シルバーといることを許されたからかは顔じゅうを赤くさせて喜んでいる。小さなの手のひらでおおった唇からはふふふ、という抑えきれない笑い声がしていた。
お茶とお菓子をテーブルに置き、ひとまずランスはキッチンへ下がった。あの二人のませた甘ったるい雰囲気のそばにはいたくなかった。
キッチンに小さな椅子を出し、そこへ読みかけの本と共に落ち着く。
ここなら丁度壁を伝って二人の会話が聞こえてくるのだった。
「おまえ、何してたんだよ」
「んー何が?」
「いっつもさびしいさびしい言ってたのはどうしたんだよ」
「うん、ずっとさびしかったんだけどね、最近はだいじょうぶなの。ランスが毎日来てくれるから!」
シルバーの声が止む。同じようにランスも沈黙を重ねる。
「ランス、いじわるだけどね、毎日、来て一緒にいてくれるもん。だからさびしくないの」
「………」
「あ、もしかしてシルバーくんやきもち? だいじょうぶ、わたしの恋人はシルバーくんだけだよ! ごめんねシルバーくん。、ばい菌持ってるから今日はキスできないけど!」
「いらねぇって……」
ランスは読みかけの本を閉じる。頭の方に血が回ったようで、指先がいっそう冷えてきた。
指先をそっと擦っていると、玄関の扉が開いた音がする。呼び鈴など鳴らさない。遠慮なしに開く扉。
アポロ帰宅のサインだった。