白無垢とサンシェイド



思い出してきたよ、おうちの外のこと。
、ここ歩いたことある。お兄ちゃんとお父さんといっしょだった。はふたりの真ん中だった。の足が痛くなったら、お兄ちゃんがおんぶしてくれるの。お兄ちゃんがだっこするのに疲れたらお父さんが肩車してくれるんだ。わたしはどっちも好きだった。肩車は高くて遠くまで見えるの。おんぶはお兄ちゃんの見ているものがにも見えるようになるし、それにねお兄ちゃんの背中はあったかいんだよ。


歩調に揺れるの声に、いつもの調子は無かった。無邪気で、少し意地悪で、耳にはいると頭の高いところを通るような声が今は不安げだった。
返事や相づちは必要無いようだった。はしゃべり続けるが、それが向けられているのが一体誰なのか、何なのかすらランスにはつかめなかった。

並木道の中で、は木漏れ日とランスを一度も見上げなかった。伏せられたまつげはひたすらに、レンガ道の褪せた赤茶色に向けられていた。


お父さんはわたしをいろんなところに連れていってくれた。たくさんの人と会ったよ。でもそれはね、お父さんは、わたしが何にも分からないと思っていたからなの。分からないからいいだろうって。
だからわたし、何にも分からないってふりをたくさんしてた。お父さんはずっと気づかなかったけど、お兄ちゃんはきっと知ってた。わたしが、みんなが思ってるよりいろいろ分かってるって、お兄ちゃんは知ってた。


ピクニックの始まりから繋いでいる手はまだ繋がったまま、ここまで一度も離れていない。丁寧な相づちなど打つ義理はランスに無い。だがその繋がった手を、彼女の言葉が耳に入るたびに力を込めたり緩めたり、そういった生理現象に近い反応はどうしても彼女の小さな掌へ伝わってしまうのだった。


お父さんはどうして気づかなかったんだろう。わたしだってお父さんのむすめだし、お兄ちゃんのいもうとなのにね。


ぽつりとそうこぼしたところで、の長い長い独り言は終わった。途切れて、すっかり何も言わなくなったの手をランスは引いて足を進めた。
こっそりと彼女が口を閉ざしたことへ、ランスはため息を吐いた。

ピクニックに行くというのは彼女を外を連れ出すための口実であった。だがミミロルを捕まえに、という彼女の願いに沿って行動するつもりはあった。願いが叶うまで尽力するつもりは毛頭無い。言ってしまえば、やることが無いのだった。彼女と二人きりで数日など、間が持つ気がランスにはしなかった。

野生のミミロルが生息するのはここより遙か北のシンオウ地方だ。北への逃避行。自分だけならまだしも、このひ弱でわがままで気ままなを捕まえ、連れて歩かねばならない。それらを踏まえランスが選んだのは鉄道による移動だった。
乗り物に押し込んでしまえばこの手をずっと握らずとも良い。列車が走行している間、自分は自分のことができる。その方が随分と気が楽に違いない。駅へと、ランスはを引き連るに近いかたちで、引っ張った。

突然のことだった。繋がる手がぐっと重くなる。ランスが次の足を前に出せないほどに。
最初ランスはがふざけたのかと思った。ふざけて、自分の興味の方へと引っ張っているのだと。こうなるのがいやで早く彼女を列車に乗せてしまいたかったのに。眉をしかめながら手元を見ると、ランスの予想は外れていた。


……?」


レンガ道を見つめていた目は、もはや地面どころか何も見えていないようだった。
膝に力が入らないようで、繋いだ手がなければそのまま地面にくずおれ、倒れ伏してしまいそうだった。繋いでいた手が急に重くなったのは、ランスのその手にの体重の全てがかかったからだ。


「どうしたんですか」


こちらを見ない顔を必死にのぞき込む。小さな口が熱い息を吐いてあえいでいるのが辛うじて見えた。

それから、にも自分がもう崩れてしまいそうなことが分かっていたらしい。握っていないもう片方の手をすがるようにランスへと繋ぐ。その握る小さな手が焼けるような熱さを持っていることに、ランスはようやく気がついたのだった。