白無垢とサンシェイド



ほぼ等間隔に繰り返される車両の揺れ、寡黙な乗客、違いの分からない風景にの寝息。
気づけばうたた寝をしていたランスが目を覚ますと、夜を明かした車窓。そこにすっきりとした顔色のが起きあがってランスを見ていた。


「おはよう、ランス」


顔色は良いものの、声はかすかすだ。
ランスは大きなため息をついて、傍らの袋からみずを彼女に手渡した。


「勝手に飲んだら良かったじゃないですか」
「これ、の?」
「そうですよ……」


舌打ち混じりに同意すると、は小さな肩をすくめた。

呼び寄せてランスが再度、のおでこに手をあてる。少ししっとりとしたおでこはランスの手より少し熱いものの、すっかりと微熱の範囲に収まるものになっていた。


は、おひさまがだめ。あつくて、焼けそうで。ずっと見ているとくらくらしてくるの」
「……、知りませんでした」


はぁ、と一息ついて、ランスはの首もとのマフラーを強く巻き付けなおした。ぐえー、とがふざけて舌を出してくる。こちらの気も知らないへ、ランスは容赦なくおでこをはたいた。


「うぅ……ランスがたたいた……」
「はたいたんです。たたいて欲しいんならたたきなおしますが」
「いらない!」
「なら静かに座っていてください」
「あっでもね、、ヘルガーは好き。お兄ちゃんのヘルガー、だいすき。おひさまも嫌いじゃないけど、ながく見ているのはだめ。今よりも小さい時から、ずっとそうなんだ」


その話を聞いて、ひとつ合点がいった。
陽の当たる屋外を小一時間歩かせた、それだけで彼女は熱を出す。アポロが彼女をあの家に置きっぱなしにしていたのは、そんな虚弱な彼女のためでもあったのだ。

でも庭では自由に遊ばせていたはず、と記憶を探って、またランスはひとつの事実にたどり着いた。あの庭は、草木が茂り、薄暗いほどに木陰が多かったことに。


「ねえ」
「はい」


窓の外、流れる景色を、それこそ流し見しながらがぽつりと問いかける。


「ここどこ?」
「さあ」
「えー。ランス知らないの?」
「知りません。あえて言うならあなたの家と、シンオウ地方の間ですよ」
「シンオウちほう?」
「ミミロルを捕まえに行くんでしょう?」
「……うん!」
「………」
「ねえ、ランス……」
「はい」
「ほんとうに、ほんとうに帰らなかったね……」


が熱に浮かされている間に、過ぎた夜。
朝を、いつものおうち、いつものベッドの上で迎えなかった。それがにとっては魔法にかけられたように不思議な出来事だった。

しかしランスはごく平坦に返事をする。


「それが何か」
「お兄ちゃんだったら帰りましょうって言うもの。今日は帰りましょう、また来れば良いからって。お兄ちゃんが言われるとはかてないんだ……。だけど、また来れば良いってお兄ちゃんは言うけど、その場所にもう一度行ったことって、なかったな……」


それからは急に正面の席に座るランスに向き直った。


「わたし、ランスが好きかも」


突然に、はそう言い放った。ひざの上の両手はぎゅっとスカートを握りしめ、小さな白い歯を見せはにかんで、そう言った。

アポロに負けないくらい変わり者の少女に、嫌われていない感覚は、ランスにあった。あまりに恐れられていないのはしゃくに障ったが、心許されていると感じることは何度もあった。
しかし、それを真正面からぶつけられると、ランスに湧き上がるのは戸惑いだった。

何も知らないからこそ成り立つからの好意は、脆さがすぐ見てとれる。だから心動かすことが、ランスには戸惑われた。

一度口を開きかけ、一度歯をかちりと鳴らして、結局吐き捨てるようにランスは次の息で問いかけた。


「……私とが、将来結婚する運命だとしたらどうしますか?」


何も知らないが、それを知ったらどうなるのだろう、と。