※割と昔に書いたクリスマス番外編です
『ランスどうしよう!!』
ポケベルから延々と流れてくるしみったれた声。ときせつ、鼻をすする音。やはり子供は嫌いだ。嫌いだ、大嫌いだ。カラリと乾いた道に歩を進めながら、耳にあてていたポケベルから距離をおきながらランスは何度も唱えた。
「朝からうるさいですね……。今からそちらに行くんですから、話はそれからで。それじゃあ――」
『だめ! なるべく早く聞いてほしいの! あのね!』
ランスの了承も得ずは話し始める。うんざりだと思いながらもランスは適当に耳を傾けた。
話はごく、単純なものだった。
25日の今朝、彼女は目覚めてすぐにいろんなところを探したが、どこにもサンタクロースからのプレゼントが無かった。枕元にもツリーの下にも窓辺にも玄関にも。それだけの話だった。
ランスの中に驚きはなかった。むしろ当然だというのが率直な感想だった。
サンタクロースからのプレゼントなどあるはずがない。サンタクロース役など、そんな面倒なことをする人間は彼女の周りにはいないのだ。
正確に言えば、一人だけ存在する。のためなら手間を惜しまない人間、サンタクロースを偽りプレゼント送り、クリスマスの演出を行いそうな人間が一人いる。もちろん彼女の兄、アポロだ。即座にランスの頭に浮かんできた、短髪をざわめかせる憎たらしい顔。脳髄までを実の妹に溶かされた彼なら回りくどい演出でも喜んでやる。そうランスには想像出来た。
けれど昨夜のアポロはロケット団内の用事で帰れなかったはずだ。
彼女の面倒を見ているはずのランスも、あっさりとクリスマスを無視したため今は涙の朝を迎えているというわけだった。
「私じゃなくアポロに電話したらどうです。私はサンタクロースじゃありませんし」
くだらないことを私に報告するな、という気持ちをランスは必死でオブラートに包んだが、帰ってきたのは甲高い悲鳴だった。
『お兄ちゃんにわたしが悪い子だったって知られたくないよ!』
「………」
サンタクロースは一年間良い子にしていた子供にプレゼントをもたらす。そういえばそんな設定もあったな、とランスは思い出した。
ああ、めんどくさい。そう思いながらもランスは頭を働かせる。
「分かりました、そちらについたら一緒に探してあげます。だから待ちなさい」
『でも、でもっ!』
「それ以上うるさくしたら本当にサンタからのプレゼントは来ませんよ」
『………』
「……切りますよ」
『早くきてよね、ラン――』
ブツ切りになった会話。いきなりもたらされた静寂に、ランスの耳は張りつめた。
面倒なことになったと、眉間をつまむ。
大きなため息をついて、ランスは来た道を戻り始めた。
少しして道に戻ってきたランスの手からは小さな袋がつり下げられていた。
中身はよくある、クリスマスの粉飾を施されたお菓子の詰め物だった。容れ物は靴下の型を模している。それがランスが自腹を切って用意したへのプレゼントだった。
別に彼女に同情してのことではなかった。ただ、ポケベル越しに伝わってきた泣き声があまりに耳に痛く、あれを止めるには何か贈ってやるのが一番手っ取り早いと判断してのことだった。
これをの前まで持っていき、サンタクロースから贈られたものと偽るのがランスの作戦だった。
あなたは気づかなかったが庭の枝に引っかかっていた、そうごまかそう。もし駄々をこねたらサンタを盾に彼女を脅そうとランスは心に決めて歩いた。
左手に吊した袋。長らくしていない、価値の無い行動にランスの心は少なからず揺れていた。興奮と呼べる興奮は無いが波がたっているのは確かだった。
黙々と歩を進めていたランスはふと気づく。反対側の道から歩いてくる男も、また大きなプレゼントを抱えていた。
スラリとした体型に似合わない、ファンシーな包み。プレゼントの大きさから女性に送るものとは思えない。すぐにランスはあれは子供に宛てたものであろうと予想を立てた。
プレゼントにかけられたリボンを揺らしながら、男は機嫌良さそうに歩いてくる。
ああこの男も家庭でサンタクロースを偽るのだろうと思って冷ややかに見つめるが、すぐにランスはその男の存在に足を止めざるを得なくなった。
「何で……」
道の向こう側から歩いてくるのは、よく見覚えのある顔だった。
「何であなたがここにいるんですか」
「おやランスではないですか。奇遇ですね」
二人が鉢合わせたのはちょうどアポロ邸の門の前。示し合わせたかのような出会いに、チッと舌打ちが鳴った。
「珍しいものを下げていますね」
顔を似合わぬ包みを抱えなおしながらアポロは言う。自分でも思っていたことを指摘され、ランスは反射的に半身を引いた。
「もしかして、に?」
「そんなわけありません」
「おや……」
アポロのからかう視線。睨みつけることで興味混じりの視線を跳ね返す。
なんだ、サンタクロース役の男は帰ってくるんじゃないか。気を回そうとしたりしてアホらしい。
兄の代わりになろうとした自分の、ささやかな気遣いが無に帰していくのを感じて、ランスの機嫌はどんどん傾いていく。
左手に下がっていたものは不要となった。こんな趣味じゃないもの、早く捨ててしまいたいとすらランスは思っていた。
「あなたが来るなら帰ります。クリスマスはどうぞ二人でやってください」
帰らせてもらうとランスが申し出、アポロに背を向けようとした時だった。
「待ってください。ここまで来たなら……」
思わぬ引き留めについ、ランスもまた半身振り返る。
目を細めたアポロが紡ぐ台詞。それは“に会ってやれ”と続くのだと思った。
けれど、アポロというのはそんな期待に応えるような男ではなかった。
「そのプレゼントを置いて行きなさい」
「………」
「質はどうあれプレゼントは多い方が喜ばしいですからね。まあこのヘルガーのぬいぐるみに勝るプレゼントは無いでしょうけど。ああ、おまえはさっさと帰ると良いでしょう。邪魔ですからね」
「………」
尻を向けたまま、笑みを浮かべるアポロを冷たく見据えた。
自腹で買ったプレゼントを、何故彼に差し出さなければいけないのかランスも当然理解できない。
アポロのことだ。渡したところでプレゼントが自分からであることは告げられないと、よく分かる。
「帰りませんよ、私は」
煮えかえるはらわたから、這い出す嫌悪。ランスは深く喉を鳴らした。
「この、ヘルガーオタクが!」
そう吐き捨て、ランスは邸内へと駆け込んだ。
「待ちなさい!」
門を開けずに飛び越えたランス。俊敏な彼の動きに対するアポロの反応も遅れていなかった。
手早く門を開け、ランスを追う。
アポロが精一杯伸ばした手はランスの背を掴み、二人は門の前で滑稽にもつれた。
「待ちなさいと言ってるでしょう! クリスマスにに会うのは私だけで十分です!」
「そう言われるとますます帰りたくなくなりますね!」
「人の家のクリスマスに上がり込む気ですかお前は! 私とのクリスマスがぶち壊しではないですか!」
「あなたがそれを言いますか! 私とのクリスマス? なら帰ってくるのが遅いんですよ!」
ゲシゲシと蹴り合い、服を引っ張り合う二人。玄関にたどりついた時にはもう、二人のズボンは足跡のかたちに汚れていた。
口論を聞きつけたのか、家の中からパタパタと軽い足音が響く。
二人のサンタクロースにが笑顔をはじけさせるまであと数秒。