「はじめまして…」
彼の第一声は石のように堅かった。
この人、すっごい緊張してる? それとも元からこういう人?
そんな風に兄さんに目配せしながら、わたしは手を差し出す。
「はじめまして。えっと、ダイゴさん? わたし、ミクリの妹でって言います。いつも兄がお世話になってます」
返事が返ってこない。不思議に思ってのぞき込むと気弱な表情がそこにあった。
きちんと全てか彼に合わせられた高そうな服とか指輪とか、目映い色の髪とはすごいギャップだ。
「ほら、ダイゴ」
「あ……」
兄さんに諭され、ようやく手が握り返される。何の仕事をしている人なんだろうか。身につけているものの美しさに似合わず、ダイゴさんの手はよく使われた手だった。
「ダイゴです。よろしく、ちゃん」
「よろしくお願いします」
「——さ、挨拶は済んだね。、ダイゴの家でシャワーを借りよう。ダイゴの家はすぐ近くなんだ」
わたしにふかふかのタオルを差しだしながら兄さんが言った。悠々と歩き始める兄さんをわたしは追いかける。なんだか今日は妙に機嫌がいい。
振り返るとこれから向かう家の主、ダイゴさんはなぜか浜辺に棒立ちだった。
「ダイゴさん?」
「あ、ああ、今行くよ」
ようやく歩き出す。しかし腕の運びがぎこちない。
……ミクリ兄さんさんと気が合う時点で普通の人じゃないんだろう、という目星はつくけれど……。ちょっと、変すぎない?
不審な気持ちを抱きつつも、前向きに考える。この人は具合が悪いのかもしれない。だから顔色だって悪いのかも。
「大丈夫ですか?」
顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫だよ」
「具合が悪いとか……」
「いや、僕は普通だよ……」
すっと視線をそらされる。顔も血の気が抜けたように青白い……。
結論。ダイゴさんはものすごいシャイな人だ。
兄さんが親友だなんて言うから妹としてものすごく興味があったのにこういう反応をされるとは。
年上のくせして余裕なんて全くない男性相手にわたしは気疲れした。
楽しげにマントを翻す兄さん、少し後ろが気になるわたし、暗い顔でフラつくダイゴさんの順はわたし達は三者三様歩いていく。
このあたりの町並みにハマっている一軒家の前で兄さんが立ち止まった。
「わぁ……、綺麗なおうちですね!」
ダイゴさんの家は、浜辺のすぐ近くにあった。と、言ってもトクサネシティ自体がそこまで大きくないんだけれど。
もんのすごい豪邸!……ってわけじゃないけれど悠々としていて品のあるおうちだ。塀は長く長く続いている。ダイゴさんが一人で住むには余るくらいのサイズだろう。
なるほど、このシャイ人間はこんな家に住んでいるわけか。
押しつけがましさはなくて、デザインも決して浮いていない。周りの空気を読んでるそんなたたずまいが、暑い中でもすんなりスーツを着こなすダイゴさんの家らしい気がした。
「シャワールームは、廊下を歩いて左側、三番目の扉だからね」
「なんで兄さんが説明するのよ。ダイゴさんのお宅でしょうが!」
「ほら、早く行かないと髪の毛がシャギシャギになるよ」
「シャギシャギって……」
つまり髪が傷むと言いたいんだろうけれど。
シャギシャギ。分かるような分からないようなオノマトペだ。
「えっと、じゃあ」
「え!?」
「………」
わたしは社会に準じた価値観の持ち主という面では、兄よりできている人間である。
なのでまずは家主にちゃんと許可をとるべくダイゴさんに向き直る。
なのに振り返ったらダイゴさんにビクつかれた。本当に大丈夫なのかな、この人。
「その……、シャワーお借りしても良いでしょうか?」
「あ、もちろん!」
「ダイゴの許可出たね。ほら、早く行っておいで」
「なんでそんなに急かすわけ?」
「いいから、いいから」
兄さんの笑顔にごまかされ、わたしはダイゴさん宅の扉をくぐった。
おお、床がツルツルだ。足の裏についた砂をちゃんとはらっておけば良かったな。綺麗なフローリングを汚してしまいそう。
左側、三番目の扉。ここで良いんだろうか。確認するように兄さんの方を振り返った。
「………」
玄関先で、ミクリ兄さんとダイゴさんは互いを叩き合って笑っていた。
ミクリ兄さんはしょうがない、という風に。ダイゴさんは複雑そうに苦笑いをしていた。どちらも何かから放たれた表情だ。
ふーん。ミクリ兄さんが親友と言うだけあるみたいだ。
わたしの前ではあんなにガチガチに固まっていたのに、兄さんの前では彼の物腰は自然と和らいでいる。同じく兄さんの表情もいつもとは違う。ルネのジムリーダー・ミクリとは異なる、ただミクリ兄さんに戻っている。
こうやって見ると、ダイゴさんは結構な美男子だ。
ふっと緩んだ彼の雰囲気を、わたしは家の中からまじまじ見つめた。
素の顔をしているダイゴさんからは普通の人ではない匂いがした。大人らしい顔の中に浮かぶ幼いとも言える年齢にそぐわない表情に、周りの空気が変えられる感じがして、整った顔だけじゃなく何か、秀でたものを持っている人なんだろうと感じた。才能のある人。カリスマとでも言うんだろうか。
まあ、わたしと話している時はあんまりな緊張ぶりでそれら全てが台無しだったけれど。
「………」
たぶん、おそらく、きっと。仮定の話だけど、彼とわたしは今後、縁がなさそうだ。直感でそう思った。
なんだか近づきがたいし。
せっかく兄さんに紹介され、今日という日に知り合えたけれど、シャワーを借りておしまいだ。
才能のある人は得てして、変人でつきあいづらい。兄さんみたくね。
まあ兄さんに良い友達が居るんだって知れて良かった。
少し言うなら、本当はもっと早く知りたかった。ダイゴさんと話しているときの兄さんはすごく良い顔をしている。ミクリ兄さんが男の子みたいな表情をしているところを、家族として嬉しいと思うのだ。
兄さんが楽しそうだと、やっぱりこっちまで良い気分になっちゃうな。
そんなことを思いながら扉を開けるとそこはわが家よりだいぶ広いお風呂場でした。すてき。