お風呂を借してもらって知ったこと。
ダイゴさんは彼女持ちだ。
まず、お風呂場にはダイゴさんのとは別にどう見ても女性向けのシャンプーが置いてあった。ボトルには花のイラストがちりばめてあるやつだ。実はわたしも同じものを使っている。フローラルな香りがわたしの好み。使っていて髪の毛がつやつやになるやつ。そんなにお高くない。
シャンプー・リンス・トリートメントがセットで揃っているあたり、女の人が出入りしてるのは確実だ。
(……なんか、オバサンみたい。目の付け方が)
この年にしてオバサン化が始まっているなんて。うん、笑えない。
洗面台の棚にはあったのは化粧水やらコットン、どう見ても余っているコップ、複数の歯ブラシ。これらがまさかダイゴさんのものなわけがない。誰か恋人がいるのだ。
ダイゴさん自身はトクサネのまったりした雰囲気の中、少し浮いてると言っていいくらい上品な雰囲気の人だった。けど、その言葉だけでは片づけられないような違和感を持つアイテムが各所に散らばっている。
逆に、ダイゴさんの家だというのになんだかダイゴさんのモノが少ない。まるで引っ越ししたてみたいに、空間が余っているのでよけいに女性らしいアイテムが特別で異常なものみたいに見えた。
確かにいるであろうダイゴさんの恋人。その影をチラチラ見留めながら、わたしは入浴を終了させた。
「ダイゴさん、シャワーありがとうございましたー!」
「うん」
会話終了。やっぱりこの人とは仲良くなれそうにない。
塗れた髪のまま顔を出したリビングも、やはり殺風景であった。
けれど今日のわたしはなぜかめざとかった。ものすごくオバサンスイッチが入っていた。目に入ってきたのは棚の上の右半分に並ぶ、たくさんの石だった。
わたしにはただの道ばたに転がってる石にしか見えないこれはダイゴさんの趣味だろう。棚の残り半分の中に並んでいるのは、可愛らしいスノードームたちだ。ひとつ傾けてまた起こしたら、球の中、戯れている二匹のジグザグマたちの上にちらちらとラメの雪が降りつもった。
(可愛いー……。彼女さんの趣味かな……)
趣味の良い女性なんだろう。さっき見た日用品たちは全てほど良いデザインのものが選ばれていた。
たぶんそう高いわけじゃなくて、実用的で、だけどちょっと女の子らしいものを選ぶような人。
どんな人なんだろう。なんとなく話が合いそうだと思った。
「シャワーどうだった?」
よく冷えたミックスオレの缶とコップを差し出してくれたダイゴさん。
さっきよりは落ち着いた顔をしている。少しわたしに慣れてくれたのかもしれない。
「とってもよかったです。うちの家より広いから感動しちゃいました!」
「そう」
「はい!」
「………」
「………」
そして会話終了、と。どうもこの人とは話が弾まない。
なんか表情も暗いし。顔はすごく良い部類の人なのに。こんなんじゃ大してモテなさそーだ。
わたしの脳内が若干失礼なのはいつものこと。でも別に、心の中は誰にものぞけないんだから良いじゃない。
風呂上がりのミックスオレは体に染みるように美味しい。フルーツの甘みが、舌に残っていた海の味を上書きしてくれる。うん、体力が80回復した。
「っはぁー……」
「………」
「……なんですか?」
「ううん、美味しそうに飲むから」
薄い唇が笑みのかたちをとる。そして瞳まで笑えれば完璧なんですけどね、ダイゴさん。
「美味しいジュース、ごちそうさまでした! お邪魔してすみません。兄さんは?」
「そのミクリなんだけどね、もう帰ったんだ」
「へえー、兄さん帰ったんですか」
「………」
「へ? はい? 帰ったんですか?」
「うん」
「帰った!?」
耳を疑ったわたしに、ダイゴさんは困ったような笑顔で答えをくれた。
「ミクリからしばらく君を預かるように言われてる」
ダイゴさんの言ったことが耳に入って愕然とした。わたしの体から力が抜ける。
兄さん、どういうことなの。
手から滑り落ちた空き缶が、からころとフローリングを滑った。