フラフラダンス



 ダイゴさんのおうちは至って暇になりやすい。
 兄さんがちゃんと泊まりだと教えてくれれば何か暇つぶし出来るものを持ってきたのに。一緒に泳いでくれるポケモンなんて持ってないから、今日もわたしはソファの端っこに座ってひとり、テレビを見るしかない。息はしているのに、死んでいる気がする。

 家主のダイゴさんがもっと愉快な人柄だったら良かったのに。
 わたしは至って明るく努めているのに、ダイゴさんが困り顔での相づちしかしないから、結局わたしもしょぼくれてしまう。
 投げたボールを受け取って、返してもらわないと、キャッチボールにはならないのに。

 ダイゴさんの人柄が愉快さとはかけ離れているのだから、家の中身に面白味出るはずがなかった。
 綺麗で豪華だけど物が少なく、使われた形跡の無い家の設備たちは、少しダイゴさんに似通う部分があると思う。ダイゴさんの顔も綺麗で、整っていて、けれどそれ以上の情報が無くて読みづらい。
 わたしと兄さんの家はもっと、様々な物で溢れているのに。大人一人暮らしの家ってこんな殺風景なものなんだろうか。

 チャンネルがループ、ループ、ループしてもわたしはテレビを見ることしか出来ない。ここが深く関わったことのない他人のお家だからだ。
 兄さんは今、何をしているんだろう。元気にしているならそれ以上のことはないけれど。
 というか……。わたし、普通にほっとかれてるなぁ、兄さんに。わたしの心配とか、しないくらいに忙しいのかな。

 不思議だ。家で帰りを待ってたときに感じてた寂しさはこんなにも大きな口を開けていなかった。寂しいと感じたことはあっても、もっと小さくて子供っぽくて無視できる、些細な感情だった。
 暇なせいで、くよくよと悩む時間が出来てしまっている。


「………」


 ようやくチャンネルを無駄に回してた手が止まった。テレビの電源を落として、すっかり体と同じ温度になったソファから抜け出す。

 出かけよう。どこでもいいから。
 気を紛らわす何かがわたしには必要だ。



“近くを少し歩いてきます。夕方までには必ず戻りますので、心配しないでください。




 リビングの机にそっと書き置きを残した。
 これでダイゴさんにも心配をかけずに済むだろう。
 一声かけるのが良いんだろうけど、あいにくダイゴさんの行方は分からない。

 ダイゴさんは本当に謎の多い人だ。そう広くない家の中なのにわたしは毎日ダイゴさんを見失う。わたしの気づかないうちに外出したのか、はたまた家の中にいるのかさえ分からなかったりする。
 食事の時間になればダイゴさんはひょこっと出てくるから同じ屋根の下にはいるみたいだ。
 どこにいるのか聞いたこともない。だってあまり気にならないから。不思議には思うけれど、ダイゴさんのこと、特別に知りたいとは思わなかった。

 とんとん、とつま先を叩いて足を靴に詰める。
 ずっと大人しくしていたから、外出に期待がふくらむ。初めての単独トクサネ探索。ちょっとした冒険の始まりだ。
 わたしはドアを開けた。


ちゃん!!」
「っ!」


 びっくりした。あまりにも大きな声がわたしを引き留めたから。

 やっぱりどこか家の中にいたらしい。よく響きわたった声の主はダイゴさんだ。
 男性の体重を乗せた足音が慌ただしく駆け寄ってくる。玄関の外のわたしを見つけたダイゴさんは大きく息を吐いた。


「だ、大丈夫かい……?」


 かけられたダイゴさんの声は、カラカラに乾いたのどから絞り出したそれだった。


「わたしは、別に何とも無いですけど……」


 むしろダイゴさんの方が大丈夫じゃなく見える。うっすらと汗をかく顔が青白い。外の光にさらされるとますます不健康に見えて、気づけばわたしの方から言葉をかけていた。


「ダイゴさん、大丈夫ですか?」
「っえ……?」
「顔、真っ青ですよ」
「そ、そうかな」
「そうですよ」


 彼は自身の顔色の悪さに自覚が無いらしい。
 うっすらとかいた汗、室内で息切れ。
 今日は暖かいのにダイゴさんの表情には寒気が伺える。さては……。


「ダイゴさん、ちょっと引きこもりすぎなんじゃないですか?」
「え?」
「たまには外に出た方が良いですよ! わたしもさっきまでマイナス思考になってて……。だからちょっと気分転換にお散歩でもしようかなって思ってたとこなんです」
「そう、なんだ……」
「ダイゴさんも行きますか?」
「えっ……?」
「一緒に。お散歩」
「………」


 なぜそこまで迷う。そう言いたくなるくらい、ダイゴさんは様々な表情を見せた。社交辞令に近いお誘いにあたふたと迷い、ダイゴさんの顔は今まで見たことのない種類にどんどん変わった。


「行っても、いいのかい?」


 けれど、最後に見せてくれた答えの表情はいやがったり、無理してる様子もなくて、思いの外、好感触なものだった。