ただの散歩のはずだったのに。ダイゴさんがいると気が散って仕方なかった。彼のせいで、自由に歩くということが出来ないのだ。
数歩後ろにいるダイゴさん。わたしが止まるとダイゴさんも止まる。わたしが歩き始めたのを見て、後をついてくるダイゴさん。一挙一動に反応されるのはすごく面倒臭い。
彼の目には景色が映っているようで、そうでない。わたしがどう動くかだけが気になって仕方がないようだ。
挙動不審な彼の姿には見覚えがある。公園とかでたまに見かけるアレだ。何をしだすか分からない幼児を端から見守るときの親の顔。
「……ダイゴさん。わたし別に子供じゃないですよ」
「え、なにが?」
「なんか、転ばないように見張られてる気がして。どっかに頭ぶつけないかとか。わたし、そこまで子供じゃありませんから」
「ごめん。僕が勝手に心配してるだけなんだ。……ミクリの妹だから、ね」
「保護者みたいな発言ですね」
「当面僕が保護者だよ」
ダイゴさんはわたしに対して責任感を持ってるらしい。とても意外だ。
家の中ではほとんどほっとかれているというのに。
わたしが歩くのを止めるのに倣って立ちつくしたダイゴさん。ぴくりとも動かない無防備な彼の周りにはやせいのキャモメたちがたまっていく。
髪が風と景色の色を吸い取ってなびいている。室内では石像のようだった横顔も、陽の光のおかげかすべらかに美しい石膏の像くらいにはなった。
「なんで」
彼の唇が動いた瞬間、キャモメたちは散っていった。白と水色の羽が交互に視界を攻めて、空が、ガラスと同じような物質になって砕け散ったのかと思った。
一斉に舞い上がったキャモメの群。ダイゴさんにとってはどうでも良いようだった。目の前の羽ばたきに目もくれず、まっすぐにわたしを見つめている。
「なんで僕のこと、誘ってくれたんだい」
「え。別に深い意味は無いですよ?」
「そうなのかな」
ダイゴさんは信じてくれない。
でもわたしがダイゴさんの為にそんなに頭使う理由はどこにもないぞ。
「考えすぎですよ。なんとなく誘っただけですよ。ほんとなんっにも考えてませんから」
「………」
「だけど、わたし、ここら辺のことよく分からないから。一人で歩くよりは良いとは、チラッと思ったかもしれません」
「……うん」
「………」
「………」
途切れた会話が繋がったとき、話題は兄さんのことに移された。
「ミクリは僕のこと、怒ってるかな」
「兄さんが? 怒られるようなことしたんですか?」
「最近はしてない」
なんだその頭の言葉は。
怒らせた過去があるかのような発言だ。
「いや、いつも怒らせるつもりはないんだけどね、気づくとミクリがカンカンに怒っていたっていうのはよくあることなんだ。ちゃんはミクリの怒ったとこ見たことある?」
「ありますよ、それくらい」
「ミクリってさ、怒るとき何も言わないんだよね。だから余計に怖くてさ」
「ああー」
「だから今回もさ、彼は何も言わないだけで怒ってるのかなと思って」
ダイゴさんはそう言って何かを思い出したようで、温めるように自分の二の腕をさすった。
「何もしてないんだったら怒らないですよ」
「だよね」
「それでも兄さんが怒ってる気がするんだったら、それはダイゴさんの被害妄想です。だって何かしちゃったかもしれない“気がする”んですよね?」
「………」
「でしょ?」
「そう、そうだね」
わたしの言葉は引っかかるところがあったらしい。ダイゴさんはおぼつかないながらも確かめるように何度かつぶやいた。
「別に良いじゃないですか。兄さんが怒ってたって。いつも大して怖くないし」
「それは、ちゃんだけじゃないかな」
「大丈夫ですよ。兄さんは長く拗ねるタイプじゃないし、実はもう自己解決してたりして!」
「……怖い怖くないの問題じゃなくてさ、ミクリは怒らせたくないんだよね」
「どうして?」
「ほら。僕、友達少ないからさ」
その言いぐさに、こらえきれずに笑ってしまった。
この人、一応自虐ネタも使えるらしい。ダイゴさんも少し、笑っていた。
「友達少ないんですか?」
「まあね」
「わたしも実はあんまり。でも自分にはもったいないって思うくらいにはいるんですけど」
「それは僕も同じだな」
「……友達が増えそうなとき、わたしがいつも躓くポイントがあるんです。相手のことを好きだって、言葉にして良いかいつも迷ってしまうんです。“わたしみたいなのが、この人のこと友達って言っても良いのかな”って。自分が可愛くて、勇気が、足りないみたいで。同じことを繰り返してる」
「……どうして僕にそれを言ったの?」
「さあ。経験豊富で大人なダイゴさんなら少しは分かってもらえるそうって思ったからですかね」
羽を伸ばすつもりで両手をぐーっと広げた。意外に固まっていたみたいで腕の骨がパキと小声を漏らした。
ダイゴさんの家に帰ってきて、ダイゴさんは無駄になったわたしの書き置きをまじまじと見つめていた。
あんまり見つめるから、何か変なことを書いてしまったかと気になった。けれどその書き置きがダイゴさんから手放されることはなく、わたしがテレビのCMに気を取られている間にどこかへ消えた。