氷がグラスの中で割れる。カランと清涼な音がトレイの上で跳ね返った。
自分のグラスをかきまぜ終わり、お次はダイゴさんの分までしっかりかき混ぜて冷たくする。お菓子の小袋をふたつ掴み、それもトレイに乗せてわたしは地下室へ向かう。地下へと降りていく階段は角度が急でけっこうスリリング。両手がふさがっているとなおさらで、ひやりとした空気も相まって背筋がぞわつく。
「大丈夫かい?」
そろりそろりと降りていたら、気づいたダイゴさんがトレイを引き取ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「やっぱり階段にして正解だったよね」
「……何がですか?」
「最初の設計では階段じゃなくて梯子にしようと思ってたんだ」
「そうなんですか。梯子だったら大変ですね。物の出し入れ、ひとりじゃできないかも」
「それ! ミクリに全く同じこと言われた! 梯子の方が僕としては地下に潜っていく感じが自宅で手軽に味わえるから、良い案だと思ってたんだけどなぁ……」
「兄さんはなんて?」
「“梯子じゃ物の入れ出しが恐ろしく不便になるよ。ダイゴは家の中でリュックを背負いたいのかい”って」
さすが。言うことは意外と正しいのがミクリ兄さんだ。
この急な階段がもし梯子だったらわたしはリュックへ切り替えることもしないで、地上に甘んじただろう。だってめんどくさもの。
「で、また来たの」
「はい」
「子供は外で遊べば」
「イヤですよ。誰も知り合いいないのに」
遠回しに出て行けと言われてるんだろうか。遠くへ行くのを嫌がる保護者らしき人がいるから、大人しく地下に来たのに心外だ。
ダイゴさんとの距離のとり方は未だに分からない。妙に親切で、それこそ保護してくれるけど、ひとたび近寄ろうとすると眉をしかめて見せるのだ。
「お茶、ありがとう。でもこの部屋は無闇やたらに水を持ち込んじゃいけない部屋なんだ。様々な石があるからね」
「それは……、ごめんなさい……」
「……、いいよ。階段の近くに置いておけば倒す心配もないだろう」
美しい眉をしかめる。ただそれだけしかしない。ダイゴさんが示す拒絶は、弱く柔らかく曲がりやすい。
無言でダイゴさんはこの前のと同じイスを出してくれた。ダイゴさんがずっと座っているのとは別の、不揃いな小さいイスだ。
わたしが座ると、ダイゴさんは自分用のイスへと戻っていった。
ダイゴさんはコンパクトながらも革張りのイスに座って、そこで何時間も石を眺めるらしい。眺める他には、光をかざしたり、少しのメモをとったり、時には何か奇妙な器具で石をカリカリと削りだす。
「なにしてるんですか?」
「この石がどんなものを含んでるのか、観察してるよ」
「……観察したらどうするんですか?」
「選別する」
「選別って、なにしてるんですか」
「僕がやってるのは場所や深さごとに振り分けたりかな。成分より、どこにどんな石があったかの方が僕にとっては重要なんだ。もちろんどうやってこの石ができたかっていうのもすごく不思議だけどさ」
集中してるけど、わたしの質問には難なく答えてくれる。丁寧に石を扱いながらも、よく喋る。頭の回転は早い方で間違いない。
投げかけるたびに淀みなくダイゴさんの声は揺れる。まるで夜明け前の湖に石を投げている気分だ。投げ出された石はどぽんと音をたてて気泡を巻き込み沈んで、届くのは淡水の白波。広がった波紋が水辺にすずやかな音をたてる。そんな、感じ。
「石には大地の、様々な情報が刻まれているよ」
「わたし、そういうのあんまり分からないです……」
「そりゃそうだ。石の価値ってさ、人それぞれなんだ。ポケモントレーナーは進化の石を有り難がるし、宝飾用に人気がある石とかの方が誰でも売り買いしやすい。数が少ないとそれだけで有り難がる人はいるし、手に入れやすいものは、手放されやすい。しかし、そういうこととは別の価値だって存在するだろ。単純な、好き、嫌いとか」
「なる、ほど?」
「ほら、この石だって」
言いながらダイゴさんは手の平にあった石をわたしに見せる。
「君には価値がわからない」
「………」
「けど、さ。“この石は僕の大切な宝物なんだ”って聞いたらどう?」
どうって、言われても。石をよく見てみないと分からない。わたしは再度ダイゴさんの手の中をのぞき込んだ。
「ほら君は石を見た。何かあるかもしれないって思うから、のぞき込むんだよ。僕もちゃんと同じようなものでさ、石を見ると僕自身が囁くんだよ。これは素敵で大切なものかもしれないって。だから僕は石を拾って観察して、集めて飾ってしまう。基準があるとしたらそこだけだ」
「な、なるほど……」
「ほんとさ、誰かに大切だって言われるだけで随分変わるもんなんだよ」
「それは価値の話? それとも基準のことですか?」
「両方だよ」
また石に向き直ったダイゴさん。その横顔は少し、楽しそうだ。