地下室の中は昼も夜も、雨も曇りも関係ない。光景は行き止まりで、いつも土埃の匂いがして、けれど意外に居心地が良かった。地下室に居座る間、わたしはケースの中の石を遠巻きに見たり、図鑑をパラパラめくったりして過ごす。
柔らかな拒絶を見せていたダイゴさんは、わたしがここに来ることを手放しで歓迎してはくれない。けれど誰かが傍らにいること、誰かがこの部屋にいることには意外に慣れているようだ。
ダイゴさんの手元は乱れることなく次々石を扱う。
「テレビはもう見ないの?」
珍しくダイゴさんからの問いかけ。わたしとダイゴさんの会話はよく途切れる。大体わたしが質問責めにしてようやく会話が成り立つくらいだ。
「毎日見すぎて飽きました」
「そっか」
「もしかして、お邪魔ですか?」
「ううん、そんなことはない、けど。ただ君にとってここはそう面白い部屋じゃないんじゃないかな」
「そうですか?」
「だって石ばかりだし」
石を集めるのが自分の趣味だと言ってたくせに、ダイゴさんはそんなことを言う。
本当、よく言うよ。あれだけ楽しそうに語っておきながら自分の趣味はつまらないかもなんてけなして。ダイゴさんにとっては一日こもるくらいの部屋なんだろうに。
「石好きだってこと、他の人には隠してるんですか?」
「ううん。みんな知ってる」
「じゃあわたしがいても気にしないでくださいよ」
「趣味を知られるのと、実際趣味につき合わせるのは全く別だろ」
ダイゴさんの言うとおりだ。わたしは人より一歩踏み出したダイゴさんの領域に、入り込んでいるのだ。
「僕としてはさ、君の時間を興味もないことに使わせてしまうの、ヤなんだよ」
「………」
「僕には君が喜ぶようなこと、何もしてあげられないしね」
石から目線をはずさないままダイゴさんは眉を歪めていた。
ダイゴさんとやらは容姿も良いし、お金だって一生困らないくらいあるらしいのに何だってこんなに卑屈なんだろう。
わたしはそっと自分の膝を抱きしめる。
「何もしてあげられない、って……。わたしは、わたしとしては甘えてたっていうか、頼ってるつもりなんですけど。……ダイゴさんに」
「……どうして?」
「ダイゴさんしかいないんですもん」
「そんなこと、ないよ」
「トクサネにはダイゴさんしかいません。わたしのこと知ってて、ちゃんって呼んでくれるのはダイゴさんだけ。兄さんのこと聞いてくれるのもダイゴさんだけです……」
「………」
「た、確かにわたしには石のことまだよく分からないですけど、テレビよりはるかに面白いですよ。単純に、好きなことしてるダイゴさんが良いなって思います」
「なんで。僕が好きなことしてても君には関係ない」
「関係は、ないかもしれないですけど。ダイゴさん、いつも世界はつまらないって顔をしてたから」
初めて会ったときの凍った表情が今も忘れられない。溶けない氷を抱えた人が世界にはいるのだと知った。
世界にはもう何にも面白いことは無い。何も楽しくもうれしくない。だから悲しさも存在しない。そういう考えを持った人なのかなと、最初は思っていた。
「わたしも人間として、隣にいる人が柔らかい顔してた方が落ち着きます。だからダイゴさんもちゃんと人間で、こういう場所で自分の楽しみがあるんだなって分かってわたしはうれしかった、です。うれしかったんだと思います」
「思う、って。曖昧な表現だね」
「なんていったら良いか分からなくて。この人も人間だーって分かって、安心したり、そりゃそうだよなって苦笑いしちゃったりで複雑だったんですよ」
「……自分か感じたことをさ、いちいち本人に言うところがミクリ似だよね。お節介さがミクリにそっくりだ」
「せ、世話焼きと言ってくださいよ!」
「どっちも同じだよ」
ダイゴさんの言葉は皮肉混じりだったけど、また少し楽しそうにな表情に戻っていた。
溶けない氷を心に抱えた人なのだと思っていた。今は彼にも鼓動があるのだと感じる。閉ざされた扉の向こうに、だけれども。
「ところでダイゴさん」
「ん?」
「さっきから変な音、しません?」
「そんなのする? あ、もしかしてずずずずずずずぬちゃーってやつ?」
「っダイゴさんにも聞こえてるんですね! 一体何の音なんですか?」
「あれは僕のユレイドルだよ」
「ユレイドル? そんなのいましたっけ」
「今日は天気が良いから自由にさせといたんだ。ユレイドルもくさタイプのポケモンだからさ、陽の光を喜ぶんだ」
「へえー。ダイゴさんってポケモントレーナーだったんですね」
「……ちゃん、本当に僕のこと知らないんだね」
「はい」
「知らなくたって別に、いいんだけどさ。……地下室で聞くとね、あの子の足音はこう聞こえるんだ。化石から目覚めて太陽の光を浴びるっていうのはどんな気分なんだろうね」
化石になるまで眠って、目を覚ましたら。それは目が強烈に痛そうだ。この地下室から出たときですら、あまりの光の目映さにひるんでしまうのだから。
「ユレイドルのことだから、すぐに日当たりの良い場所を見つけて静かになるよ」
ダイゴさんの言うとおり、ユレイドルの足音らしきぬちゃぬちゃ音は少し行ったり来たりした後落ち着いた。地上ではユレイドルはまどろんで、じっと暖まっているんだろうか。
「……ここけっこう音響くんですね」
「外の音は全く聞こえないんだけどね。家の中の音は手に取るように分かる。上でテレビやラジオをつけっぱなしにしても結構聞こえるね」
「へえー。じゃあわたしの足音も丸聞こえだったってんですね」
「……ごめん」
「え? 何がですか?」
「ううん、何でもない」
しばらくして、ダイゴさんの謝罪の意味にたどり着いた。ひとり地下室で、わたしの気配を感じてたこと。多分そこへダイゴさんはごめんの言葉を落としたのだ。