次の朝は寒く、目覚めは最低だった。
朝日が昇った早々に寒気がして、わたしは全身鳥肌になりながら目が覚めたのだ。
ぬくもりも冷えきったシーツの上をそろそろ移動して、一枚上着を被った。かじかむ足をさすりながら、体を丸めてシーツを頭から被ってみたけれどまだ背筋が震えて、ぎゅっと目を閉じた。
シーツで覆った無防備な全身。そこへ、こつん、と腰に何かが押しつけられた。
何かが当たった。って、何が? 重たいまぶたを上げて、でも眠気と寒気ですぐにどうでも良くなってしまい、またまぶたが降りそうになると、また、今度は捻り押しつけるように硬い何かが体に当たる。無視するなと言うように。
「な、なに……?」
冷えた体を捻って見やった背後に浮いているのはポケモンだ。硬質の身体に赤い大きなひとつ目。ダイゴさんのポケモンだとは分かるのだけど、名前がとっさには出てこない。
「君は……。え、えっと、待って今思い出すね。何だっけ。ダ、ダン……、ダンバル! ……だっけ?」
ダンバルで合ってるみたいだ。赤い瞳の光彩がレンズのように延び縮みさせて反応を示した。本当にダイゴさんのポケモンって不思議なポケモンばかりだ。
まずなんで浮いているのか、どうして浮いてられるのか全くもって謎である。
「なに? どうしたの?」
わたしが問いかけるとダンバルはくるりと旋回してドアへ向かう。わたしを呼びに来たらしい。寒いし寝起きだしで面倒臭さはあったけれど、ダンバルに一心に見つめられ、待たれてしまったのでわたしはシーツのぬくもりを完全に諦めた。
夜間も照明点けっぱなしで明るいのに、冷気の張りつめた廊下を裸足で歩く。ダンバルはすいすいと家の中を通り抜ける。
到着したのはいつもの地下室だった。
どうして地下室に導かれたか。その理由は入った途端にすぐ分かる。
「なるほどね……」
スタンドから注がれる白熱灯の下で、ダイゴさんはあどけない顔をして寝ていた。
力つきて寝てしまったのだろうか。服装が昨日見たシャツとスラックスのままだ。机の端にうつ伏せになって、肩の半分がはみ出ている。ふとした瞬間に机から滑り落ちそうな体勢なのに彼の眠りは深そうだ。なかなか器用な寝姿である。
そんなダイゴさんの足下に寄り添うコドラは眠りこけた主人を心配しているのだろう。
地下室だって暖かいわけじゃないのに、ダイゴさんの寝顔はとても安らかだ。
そういえばわたしはダイゴさんの眠っている姿を見たことがないのに気づいた。いつもわたしの方が先にベッドへ入ってしまうし、ダイゴさんがわたしより遅く起きるということは無い。
いつも地下室で眠っているんだろうか。いつもはちゃんとベッドで寝てるよね? それすらも、わたしは知らない。
スタンドライトの下であってもダイゴさんは綺麗な顔をしている。光が当たって少し頬が透き通っているし、髪の毛は芯から光っているみたいだ。寒い朝なのに、彼は太陽の下で眠っているかのように安らかな寝顔をしている。
またこつんとダンバルがおでこをぶつけてきた。
わたしに主人を何とかしてもらいたいんだよね、分かってるって。ちょっと、珍しいから見つめてみただけ。
肩のシャツに触れるとき、どんな熱さがするのだろうと思った。シャツは冷たく、ダイゴさんの肩はしっかりと熱を持っていた。
小さく揺り動かすと眉に皺が寄る。
「ダイゴさーん? おはよーございます」
「ああ、……ちゃん……。………、……どうしたの?」
「こっちの台詞ですよ。ダンバルもコドラも、心配してますよ」
「そっ、か……。う、首痛い……」
「変な体勢で寝るからですよー」
「んー、今何時……?」
「朝の5時前くらいです」
返答をせずにダイゴさんはまた腕の中に顔を埋めてしまった。
「ダイゴさん? せめて横になりませんか? ダイゴさーん」
「………」
「寝るの早いですよー……」
「僕はここで大丈夫……」
「そして返事がワンテンポ遅い!」
起きる気配もない。そしてダイゴさんを強く揺り動かす勇気がわたしにない。しょうがないのでシーツを一枚、取ってきて、ダイゴさんの肩にかける。
身体がシーツに包まれたのに気づいたダイゴさんが身じろぎして、言った。
「これ、暖かいね……」
シーツをたぐり寄せて、ダイゴさんはまたうとうとと暖かな夢の中へ行ってしまった。
「もう大丈夫、かな?」
青白かった頬が自然の色に戻っていてわたしは息をつく。
座ったままなのに、幸せそうな顔で眠るなあ。
ずっと主人のことを見つめていたコドラが静かに目を瞑った。コドラからもOKサインを貰った気がして嬉しくなる。
「なんか、すごい変な感じ……」
なぜだろう。こんな些細なことで、トクサネに来て良かったのかもと思えるのは。
ここに来られて良かった。ダイゴさんがよく眠れて良かったと、思うのだ。
ダイゴさんを見つめているうち、ふわあとあくびが出た。ここで、ダイゴさんの近くで同族になって寝てしまいたい気持ちはあるけど、そんなヘマしない。身の程はわきまえる。眠る片手にしっかりと握られていたあの傷だらけのポケナビが見えているから。
わたしがこんなくすぐったい気持ちを抱えているとき、ダイゴさんはまだ彼女がいなくなってしまった過去に縛られているのかと思うと、少し寂しいけれど。仕方がない、わたしは親友の妹ポジションだ。
じんわりと抱えた熱ごとシーツにくるまれば、あくびが確かな眠気を連れてきた。
ダイゴさんが寝すぎた、という顔と珍しい寝癖をつけて地上にあがってきたのは午前10時を過ぎたころ。