少しずつ赤くなり始めた光がダイゴさんの頬に色味を足している。
柔らかい風に吹かれているダイゴさんからは、ひとつ重荷を下ろしたような明るさが感じられた。
「お、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
さっきも同じことを言ったというのにダイゴさんは気にした風もなく同じ言葉を返してくる。
「ちゃん、ごめんね」
「え、何がですか?」
「まさか本当に空が綺麗で泣いてたわけじゃないだろ。何かあった? 具合でも悪い?」
「なんでもないですよ」
「なんでもない子は泣かない」
「泣いてません」
ふっ、と軽いため息が聞こえた。
抱えていたスーツのジャケットを芝生の地面に置いた。向かい合うとわざわざ屈み、わたしの目線に高さを合わせる。
「ごめんね。自分のことで精一杯になって、ちゃんを一人でここに置いてくってこと分かって無かった。そこは僕に責任があるね。ごめん」
「ダイゴさんは何も悪くないですよ?」
「じゃあ、ちゃんが今どんな気持ちか聞いて良い?」
「それは……。なんでもないですから」
「遠慮しないでよ」
そう言われても遠慮の気持ちは簡単に直せない。
わたしとダイゴさんはまだ他人という言葉が近いと思うのだ。
彼にとってわたしは友達の妹。わたしにとってもダイゴさんは兄さんのお友達。わたしたちの間柄を友達と呼ぶにはまだ一枚、壁がある気がしてわたしはダイゴさんにわがままを言えない。
「寂しかった?」
「言えませんよ、そんなこと」
「うん。そっか」
「………、ごめんなさい……」
「良いよ。大丈夫。もちろん遠慮はしないで欲しいんだけど、でもまあ言えなくてもしょうがないかなって気はしてるんだ」
ダイゴさんは屈んだまま、わたしの手をとった。
ぬるい風の中で不意に触れてきた冷たい指先。下から微笑みながら見上げられて、初めてこの人の整った顔に鼓動を奪われた。
「ちゃん、僕の背中を押してくれてありがとう。励まされた。僕は……君に甘えてばかりな気がするよ」
「兄さんがダイゴは蹴り飛ばせって言ってましたから。……蹴れなかったけど」
「蹴ったくらいじゃ僕は怒らないよ。早く帰って、お礼の言葉が言いたかった。ほんと、もっと早く帰ってくれば良かったよ」
「これくらい平気、です」
「うん」
返ってきたダイゴさんの柔らかい相づち。それを聞いて、ああ良かったな、って思えた。ダイゴさんを一生懸命応援して良かった。
「ダイゴさん」
「何だい」
「わたし、ダイゴさんがお仕事行けて良かった気がします」
「そうかな?」
「はい。なんだか顔が明るい気がするから」
多分他人だけど、ダイゴさんが調子良さそうにしているのが嬉しい。今まで見た中でめざめいしについて語ってくれた時の次には、良い顔をしている。
「うん、ちゃんの言うとおりかもしれない。会社そのものというか、会社にいる自分が好きじゃないのは変わらないんだけどね、遠くに行くとさ自然と気持ちが湧いてくるよね。家が恋しい、とか、ああ早く帰りたいなあっていう気持ちが。ずっと家にいるとそんな事、思わないのにね」
ダイゴさんの話に自分の、ルネを恋しく思う気持ちを重なる。
こくこくとうなずくと、その必死さにダイゴさんがちょっと苦笑いした。
「ごめんね、ちゃん。もう一つ謝りたいことがあるんだ」
「なんですか……?」
「僕、プレゼントは持って帰って来なかったんだ」
プレゼントが無いことよりも、ダイゴさんが律儀に謝ったことにわたしは驚かされた。
あの約束はダイゴさんが外に出てく理由が出来るようにかけた、おまじないみたいなものだ。無くたってかまわないと内心思っている。だから、真剣な謝罪を受けるほどのものじゃないのだ。
「いろんな所に寄り道してさ、ちゃんが喜びそうなプレゼントを一生懸命探すつもりだったんだよ。でも同じくらい早く帰りたくて、本当はまっすぐ帰っても良いんだよなって思ったら落ち着かなくて。帰ったらちゃん、ちょっと寂しそうにしてるからさ。今はもっともっと早く帰ってくればって思ってるくらいだけど」
「別に、良いんですよ」
「でも。僕は約束は果たすよ。ごめん、今プレゼントは渡せない。けどプレゼントは用意してきた」
ダイゴさんの言葉遊びに首をかしげる。困り眉をただして、ダイゴさんはまっすぐにわたしを見つめた。
「ちゃん、僕と出かけてくれませんか?」
「え……?」
「君に喜んでもらえるものを探すのは難しかったよ。すぐ考えすぎちゃうしね。でも帰り道の中で辺りを見回したら、どこもちゃんと行きたいところばかりだって気づいた。それに僕が君に何か渡すことができるなら、お金で買えないものが良いと思ったんだ」
「あの、その……嬉しいです。でも、良いんですか……?」
「何が?」
「一緒に行くのが、わたしで……」
「うん、ちゃんで良いんだよ。むしろ僕が聞きたいくらいだ」
わたしの怯えにははっきりとした言葉をくれたのに、ダイゴさんは臆病さを覗かせながら自分の言葉を紡いだ。
「ちゃんはどう思う? 僕は、君と思い出を作っても良いのかな……?」
良いか、悪いかなんてわたしには分からないし、許可を出すような偉い人間じゃない。だからわたしは告げた。
わたしはダイゴさんと出かけてみたいです、と。