チルタリスブルー



「ま、まぶしいーーっ!」


 二人揃って出たお外は、容赦の無い日差しでした。


「うわ……、すごい晴れてるね」


 意気揚々を靴をはいたのに、玄関先でふたりして圧倒されて棒立ちになってしまった。


「ミナモシティについたらまずは帽子を買おうか」
「そうですねー……」





 ダイゴさんとのお出かけ先に、わたしはミナモシティが良いと言ってみた。

 ミナモシティはわたしが唯一内地で行ったことある場所だ。
 といってもほんの数回だけで、はっきりと記憶に残っているのは最後のたった一回のみだ。
 それはかなり昔。わたしは兄さんにつれられてポケモンコンテストを見に行った時のこと。

 ミナモシティはそれ以来縁の無い場所だ。けれど兄さんが頻繁にコンテストに行く。そしてそこでの出来事を話してくれる。なので、わたしにとってミナモシティはトクサネよりも耳馴染みのある町なのだ。

 ダイゴさんに船を乗せてもらい、かくしてわたしは久しぶりの本島へ上陸を果たした。
 まずは日差しから体を守る、帽子選びだ。


「いっぱいありますね!」
「ほんとだ。迷うね」
「ですねー」


 一番最初に見つけたおみやげ物屋さんでわたしたちは装備を整えることにした。
 お店の軒先に下げられた無数の帽子たちがそよそよと揺れている。

 風に仰がれたレース、リボン、コサージュ。おみやげ物屋さんなのに、結構可愛い帽子がそろっている。ど、どれにしよう。


「あ、これ、ちゃんに絶対似合うよ」


 目移りして手が止まっていたわたしの頭にふわっと帽子が被さる。帽子越しのダイゴさんの手の重みにびっくりしてしまった。


「やっぱり似合う。船乗りさんみたいで可愛い」
「かっ、かわ……!?」
「うん。鏡見てごらん。こっち」


 ダイゴさんが似合うと言ったのは青いリボンがついたシンプルなカンカン帽だった。
 白木のような色に、鮮やかな色のリボンがよく合っていて爽やかな夏に被りたくなる帽子だった。

 に、似合ってるの、かな……?
 思わず鏡の前で顔を右へ左へ傾ける。
 動く度に揺れるリボンの端に、ちょっと良いかもと思ってしまう。


「僕はこれにしようかな」


 ダイゴさんが手に取ったのは単色で飾りの無い、シンプルな帽子だった。


「そんな地味なやつで良いんですか?」
「うん、だって今日はあんまり目立ちたくないし」
「まるで普段は目立ってるような言い方ですね」
「君が思ってる以上に僕ってすごいんだよ? これ、お買い上げだね」


 ちゃっかり頭に乗せたままにしてた帽子をふわりと、つかまれる。


「え、良いんですか?」
「僕が似合ってるって言ってるんだ。間違いないよ」


 そうじゃなくて、買ってもらって良いの?って聞いたのに。ダイゴさんはちゃっちゃとお会計をすませると、その後またダイゴさんはわたしの頭の上に帽子を返してくれた。
 ふわりと影が被さる瞬間、思わず目をつぶってしまったらダイゴさんはそれをくすくすと笑った。



(……どうしよう!)


 どうしよう、楽しい。ダイゴさんと出かけるの、楽しい。
 とんでもないイベントが起きてるわけじゃない。まだミナモについて帽子を買ってもらっただけなのに、わたしの胸はわくわくしっぱなしだ。
 にやついた顔がダイゴさんに見つかると恥ずかしい気がして、わたしはダイゴさんとは反対の風景を一生懸命眺め、しきりに帽子を直した。

 ダイゴさんが選んでくれた帽子は本当にわたしにぴったりだった。鏡があるわけではないから、似合ってるかは少し自信が無いのだけど、サイズもつばの大きさもちょうど良い。
 たまに視界の端っこで揺れるブルーリボンが、わたしの胸を高鳴らせた。





 一番の目当てだったコンテスト会場へはすぐについた。


「んー……、なんかもっと大きかった気がするんですけど……」
「来たのが小さい頃だったからじゃない?」
「そうなんですかね? でも、うーん、納得がいかない……」


 中に入って子供、というか年下の多さにびっくりした。
 わたしが来たときは周りは年上ばかりで、ポケモンコンテストはお兄さんお姉さん、ひいてはおじいちゃんおばあちゃんのための競技だと思っていた。
 景色は変わってしまったように見える。けれど建物の構造は全然変わっていなくて、懐かしいのに初めて踏み入れたような違和感にどぎまぎしながら施設を見回った。


「ちょうどコンテストをやってるみたいだ。覗いてみようか?」
「あ、はい……。………」


 返事をしながらもわたしの足はその場に縫いつけられたように動かなかった。目が一枚の写真に止まって離れない。

 一目で分かる。これは、兄さんのポケモン。


「これが見たかったんだ?」
「……、はい……」


 壁にかけられた大きな写真。額縁の中で澄んだ瞳を細め、鱗をきらめかせているのは兄さんのミロカロスだ。
 周りをよく見ると、兄さんのポケモンは何枚も飾ってあった。
 写真と絵になっているもの、両方で兄さんのポケモン、その美しさと栄光が讃えられている。


「ここに連れてきてもらったのは小さな頃で、おぼろげな記憶しか残ってないから本当にあるなんて思ってませんでした……」
「今ちゃんが見てるの最新で、しかも最後の写真だ。ミクリが最高評価を叩き出して、コンテストマスターになったときのだから」
「兄さんのポケモンが、こんなに大きく飾られるようになったんですね……」


 コンテストを見終わった人たちがロビーにあふれても、ダイゴさんがそっと離れていく足音が耳に入っていても、わたしは兄さんのミロカロスの写真から目を離せないでいた。