ほどよいにぎわいのカフェで、最近わたしはミルクティーをよく飲んでしまう。わたしだって体重を気にする女の子なんだから本当はストレートの方が良いんだって思っていても、自分を甘やかしてもいいかなと楽な方に流れて、ついミルクをつけてもらうのだ。
 ガラス戸の向こうにガーデンテラスが見える、窓際の席。窓際は室内の暖房と日差しのおかげで心地よい暖かさがあった。

「やあ」
「………」

 わたしはノートをぱっと閉じた。
 わたしが自前のポロック組み合わせ表なんかを平綴じのノートにちまちま書いているのを、見られたと思ったからだ。
 きのみの味の成分と、水分量と、なめらかにするまでの大変さと。そんなものを逐一書きつけているわたしのささやかだけど、マニアックと笑われても仕方がない、そんなノートを見られるのはやたらと恥ずかしい。

「君は素敵なカフェをよく知っているよね」

 そういってダイゴさんはわたしが置いておいた鞄を、イスの下の荷物置き場にわざわざ移動させて向かいの席に座った。ちょっと図々しい。

「はい、これ」

 机の上にそっと置かれたのは水の石だった。窓からの光が差して、テーブルにも透き通ったブルーの影が落ちる。
 ダイゴさんがカフェにいるわたしを見つけ出しては、問答無用で同席するのは今回でもう何度めになるんだろう。わたしの歴戦の優秀カフェたちにも、このダイゴさんというひとは襲来している。そしてなにかとおみやげの石をひとつ、くれるのだ。

 ツワブキダイゴさんて、デボンコーポレーションの御曹司なのに、ポケモンを育てるのもバトルも上手で、今ホウエン地方でチャンピオンやってるひと。そういう誰もが知っているような基礎知識しか、わたしの頭の中には無い。
 ああ、あと、無類の石好きだという情報もわたしは持っている。
 この情報は聞いてみると知ってるひとと知らないひとがいる。こんな綺麗すぎる顔と、すてきな経歴を持ったひとに、変な趣味というステータスはくっつけたくなくて無意識に耳を塞いでいるのか、自然と伏せられてしまうのか。そう疑ってしまうくらい、ダイゴさんの石好きは時々通じない話題だ。

 また、石をくれた。わたしは水の石と目の前に座った彼を交互に見ては戸惑っているのに、ダイゴさんは至ってマイペースだ。

「僕も飲んでみようかな、ミルクティー」
「……わたし、何かしましたっけ。ダイゴさんに。こんな、何度も……」
「覚えてないのかい?」
「えっ」
「本当に……?」

 改めて聞いてくるダイゴさんの悲しそうな顔に、ぎくりと心臓がひしゃげる。わたし、ダイゴさんを悲しませるようなことをしてしまったらしい。覚えていないのかい、と言われたからには何か、わたしは忘れてしまっているんだ。焦って焦って、でも何も思い出せなくて、わたしが取り繕う言葉を探し始めたとき。「ぷっ」と、ダイゴさんは笑い出した。吹き出し、でもここが静かなカフェってことはダイゴさんはちゃんと分かっていて、あはははは、と控えめに笑っている。

「き、君はなにもしてないよ。僕が勝手にちゃんのこと構ってるんだ」

 ダイゴさんだって、笑うとちゃんと頬が染まる。そんな当たり前の情報が、人づてにやってきた基礎知識にそっと追加された。

「ねえ、ポケモンのいちげきひっさつのわざ、例えばぜったいれいどなんかの当たる確率って知ってるかい」
「だいたい30パーセントって聞きましたけど」
「うん。そう言われているね。これはなかなかに正確な数字でね、同じ条件下で統計をとるとやっぱり30パーセントになるらしいんだ」
「は、はい……」

 急にポケモンバトルの専門的な話をされてわたしはどぎまぎした。わたしだってバトルもコンテストもやるトレーナーだけど、ダイゴさんはそれを極めたチャンピオン。話についていけるかは、怪しい。
 姿勢を正したわたしに、ダイゴさんは苦笑いをした。

「そう構えないで。これは僕の話だから」
「……、はい……」
「うん。そう、確率は30パーセントなんだけどね、だけど当てられたトレーナーは確率はもっと高い、と感じる。逆に使用したトレーナーは確率はもっと低いはず、と思ったりするみたいなんだ。全然当たらないじゃないか、って」
「………」
「何が言いたいかといえば、印象の話だ。君は何度も、と言ったけれど、僕にしてみればほんの数回だよ」

 ぜったいれいどの当たる確率。これは僕の話と、ダイゴさんは言った。けれどこれはわたしの話のような気がする。
 あなたに暴かれたカフェの席を数えれば、ダイゴさんとお茶を飲んだ回数は分かってしまうのだ。もしくは石を数えてもいい。このひとが会う度にくれた石を、わたしはひとつも使えずに持っているのだから。でも数えるのが恐ろしい。わたしはこのひとに何度も追いかけれたような気がしていても本当はそうじゃなかった、わたしの自意識過剰という現実を知るのが恐ろしい。
 青い顔したわたしのこと、ダイゴさんはどう読んだのだろう。

「滑稽だね」

 そしてその、微かな眉間のしわはなんなんだろう。瞳閉じて、ダイゴさんはミルクティーを飲み干した。






(ぜったいれいどは使う側で当たらないなぁと思ってるダイゴさんと、使われる側で当たる当たる!て思ってるヒロイン)