※ハロウィンネタで書いてました
「早い朝から道でゴースたちとすれ違って驚いたの。だって朝日で真っ白な、ミルクみたいな色した道の上でだよ? 本当ならゴーストタイプのポケモンなんて気づかないうちに隠れているような世界じゃない。だけど元気でむじゃきに笑ってる、ゴースやゴーストや、それからムウマなんかともすれ違った。可愛かったけど、なんだか落ち着かなかった」
肩をすくめて、それを私は世間話の区切りにした。特に落ちは無い。おしゃべり上手とはいえない私ができる話なんてこんな、言いたいことが募っただけの何の膨らみも無い話ばかり。
でも、昔なじみのマツバなら、まあ遠慮しないでこういう投げっぱなしの話もしてしまっても大丈夫。こみ上げる自分の情けなさ恥ずかしさは感じるけれど、耐えられるレベルで済む。喉の奥まできていたものは、カフェオレに口をつけて、飲み下せる。
「ハロウィンだからね」
コーヒーの前、マツバは節の張った、けれど安心する太さの指を組んだままだった。テーブルに運ばれて来てからまだ一口もつけていないから、微動だにせずこちらを見ている姿がどこか不安げに見える。
「ハロウィンかぁ。コガネとかの大きいとこではすごい盛り上がってるって話だもんね」
幼い頃は特に何をするでもなかった遠い街のお祭りは、今や人気のイベントだ。
怖さを狙いながらもどこか可愛らしい飾り付けがショーウィンドウに溢れ、オレンジ色のカボチャは特によく目にする。
輸入もののお菓子はこのあたりでは見た事のないゴーストタイプのポケモンたちがモチーフになっていて、眺めていると素直に楽しい。もしかしたら、マツバの知らないゴーストタイプだっているかもしれない、と想像しては世界に夢を見る気分だった。
「ハロウィンって、ゴーストタイプのポケモンたちも好きなんだね」
「と言うよりは、みんなが"怖いものたち"を急にちやほやする季節だから」
マツバは微かに目を伏せている。ポケモンを語る口。まつげの下のまなこは、微笑んで見えた。
「今まではそれぞれ、別々のポケモンを見ていたひとたちが、急に人間を驚かすものたちに目を向ける」
「うん」
「もちろん不意を突くのも彼等の得意わざだけど、やっぱり街のそこかしこで噂されて意識されているのは、くすぐったい気持ちになるようだよ」
「そっか」
「僕も分かるな。誰かさんが、自分のこと話題にしてるのを聞くと。嬉しいよ」
ゴーストタイプのポケモンたちに、感情移入しているに違い無い。マツバの頬はほんのりと染まっている。
「そっか」
私もマツバの様子が嬉しくて、さっきよりも色の滲んだ相づちが出てしまった。
それからも私とマツバはどこか発展しない話を続けた。その内に、ずっと座り続けたことによる居づらさがお尻の下からやってきて、カフェを出る。お会計はマツバが全て出そうとしたけれど、阻止した。
「別に良いのに」
「私より余裕あるのは分かるんだけどさ」
マツバはバトルが強いだけじゃなく、優しいから色んな人からの頼み事を引き受けてそのお礼にって色々貰ったりもしてる、引く手数多の男だ。でもこれは、どっちにお金があるとかの問題じゃなくて、付き合いを続けて行くために、守らなければいけないラインなのだ。
「私とマツバじゃ、そういうの、違うよ」
「……うん」
「はー、足冷えたぁ。マツバ、このあとは?」
マツバは静かに首を横に振った。特に何も無い、のサイン。私は少し本当かなと疑っている。マツバはいつもこうなのだ。引く手数多の男なのに、私が予定を聞くといつも「何も無い」だとか「暇だよ」とか言う。
彼はもっと、色々なものを背負い忙しいはずだ。だから私相手に気を遣ってるか、嘘をついているんじゃないかと、そういう考えが忍び寄る時がある。
「私も。何もすることない。マツバもなの?」
「うん、行くとこないよ」
こんな、手持ちぶさたで困ってしまう時に来るのが、たった今出てきてしまったお店だ。日が暮れるまでいれば良かったと少し後悔する。でもずっとあのお店にはいられなかったと思う。お店への迷惑にいたたまれなくなるのもあるし、マツバと向かい合って、無際限に時を過ごす贅沢に私は耐えきれない。そんな私に、年とともにゆっくりとなってきてしまった。
しょうがないから、私たちは歩き出した。なるべくゆっくり、ふらふらと。でもこの街には、どうあがいてもお互いに帰る家があるのだけど。
「あ……」
また3匹のゴースたちが通りを転げ、じゃれあいながら横切っていった。
この季節はみんなが彼等のことを口にし始めたり、まるで主役であるかのように飾りを作ったりして盛り上がっていくから。そうやって意識されるのが嬉しいのだと、マツバが言っていた。
屋根のむこうへゴースたちは飛んでいってしまった。それを見送りながら、私は既視感を覚えていた。
通りを横切り、はしゃぎきって飛んでいくゴースたちを見ていた。秋風のなか、私はマツバを思いだしていた。
彼なら、ゴーストタイプたちのざわめきに気づいているに違いない。マツバはゴーストタイプのエキスパートでもあるし、トレーナーとポケモンと言うより、もう少し彼等と重なるところのある存在だから。
『マツバ、何してるかな』
ゴーストたちの活気に彼が何を感じとり、どうしているのか気になって、そんな独り言をつぶやいていた。
一緒になって子供っぽい表情を覗かせているのだろうか、あるいは暖かさを滲ませて見守っている姿も彼に似合っている。どうしていか、ちょっと見てみたい。そんな風にひとり勝手に彼に意識を向けていたら、程なくしてマツバに出くわした。できすぎた偶然だけど、彼は本当に来てくれたのだ。曲がり角からぬっと姿を現して、「ああ、」って私へ目を細めた。
だから、いつも二人で行くお店に入ったのだ。
向かいの席でマツバはしっかり私の空想の答えを見せてくれた。自分の知らないところで誰かに意識されるのは、悪い気分じゃないって、言っていた。
「やっぱり、気持ち分かっちゃうんだなぁ」
「えっ?」
「あ、ごめん独り言出ちゃった。……なんでそんな動揺してるの?」
「考え事してたから、」
「挙動不審だよ、マツバ。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
動揺しまくっているマツバがの様子が面白くて笑っているとそっと目線を反らされる。こちらを見ていないと急に、マツバの無駄な肉の無い頬に差す影が濃くなる、ような気がする。生まれつきの素質なのか、それとも引き寄せられていったのか、マツバとゴーストタイプのポケモンは重なるように近しい。
またゴーストタイプのポケモンたちが、今度は私たちの正面からやってくる。ムウマとゲンガーの二人組が、ふざけながら私たちの横をすれ違っていった。