ここ最近、オレの身におきた出来事は大方、「彼女が異質だったから」で説明をつけることができる。対戦相手としてフィールドの反対側に立つは、何もかもがこのカントーでは見付けられないものばかりで構成されている。

「ゲッコウガ、みずしゅりけン!」

 標的を定めるように伸ばされていた手が一転、天井へ高く向けられる。ほとんど雪に近い肌色が空を着ると、刹那の吹雪が一瞬生まれて死んでいくようだった。
 さっきはかげうちを仕掛けてきたゲッコウガがまとう覇気を変える。へんげんじざいだ。
 服装、身につけるものの選び方、容姿、体格、連れ歩くポケモン、その技、旅のためのデバイス。バトルスタイルも含め全身で、彼女は自分がはるか遠くからの挑戦者だと物語っていた。

「全く、厄介なとくせいだな……!」

 トレーナーの指示通り高く上げられたみずしゅりけん。相手が何かをしかけようとしているのは明白だ。みずしゅりけんを堕とすか、それとも隙が出来たゲッコウガ本体か。答えはもちろん。

「構うな、本体を狙え! ギャラドス、たきのぼり!」
「ゲッコウガ、きゅうしょを隠して! カンペキな受け身を!」

 避ける気は最初から無いようだった。ゲッコウガは素早くその場で身を丸める。ギャラドスの硬いうろこが波打ち、激しい水飛沫と共にゲッコウガの全身を打った。
受け身という判断は悔しいが的確だったようだ。思った以上にダメージが入っていない。衝撃を受け流し、ゲッコウガはすぐに立ち上がる。

「行って!」

 トレーナーからの具体的な指示は無く、出されたのはGOサイン。打ち合わせ済みの作戦なのだろう。
 彼女が言葉を発する前にゲッコウガの体勢は整い、攻撃は始まっていた。あのモーション。光がゲッコウガに集まる。肌を撫でた寒気に、ゲッコウガのわざが読めた。

「れいとうビームだ!」

 読み通りゲッコウガはれいとうビームを放つ、がその凍てつく光線が捕らえたのはギャラドスでは無かった。上空のみずしゅりけんだ。
 一気に氷の凶器となったみずしゅりけんがフィールドに降り注ぐ。

「避けろ!」

 ただ落ちてくるみずしゅりけんを避けるのは、難しいことじゃない。だがすぐにオレは自分の選択を悔いた。
 何にも当たらなかったみずしゅりけんはそのまま、フィールドの地面に突き刺さる。人間とほど同じ体格のゲッコウガにとってそれは良い足場に、長い体を持つギャラドスにとては、身動きと動線を制限する氷の杭となっていた。

 フィールドの反対側。だけど真正面。彼女の白い歯がニヤリと存在を覗かせる。

「ゲッコウガ、いわなだれです」








「ま、負ケました……」

 バトルが終われば地に膝をついているのは彼女の方だった。

「惜しかったなぁ」
「また負けた! もう少し、もう少しでした……!」
「おまえとゲッコウガが息がぴったりなように、オレの最初のポケモンとオレの息もぴったりってことだ。ま、よくやったよ」

 細身の体によく似合った洋服が汚れるのも構わず、座り込んでいる彼女に、手を差し出し立ち上がらせる。そのまま健闘をたたえ握手をすると、ギャラリーが大きな拍手をオレたちへ送った。


「いつの間にこんなにヒトが……」
「ますます増えたな……。これ他の街から来てるやつもいるだろ」

 観衆たちはトキワシティ中の人間が集まったと言ってもおかしくないほどの大勢になっている。ただジムに籠もっている頃は、熱心なじーさんとちびっ子が覗いているくらいだったのに。

「グリーンさんがカッコイイからですね!」

 そう言って笑むは、自分も大いに関係していることに気づいていない。

 もうひとつきは経ったのだろうか。カロス地方から出発したトレーナーの彼女が、トキワジムの戸を叩いたのは。カロス地方の8つのバッチを始め、自分が集めた数々のバッチを見せつけた彼女はオレに要求した。「本気のポケモンバトルをしよう」と。
 啖呵を切ったのはだが、今のところオレが全勝を果たしている。負けても負けてもオレの元に戻ってくるはとのバトルに、既にオレは何度も"本気"を引き出されている。ジムリーダーの本気バトルと挑戦者の容貌とポケモンの物珍しさが相まって、人目を集め続けて今や小さな祭りのようになっている。

「こっちだ」

 フィールドでは何をしでかすか分からない悪魔にも見えたのに、言われてることが掴めない彼女はコテンと首を傾げる。

「もう少し静かなところで、ポケモンたちを回復させよう」
「あっ、はい!」

 興奮するギャラリーから、オレたちはジムの奥へと逃げた。


 コンロの火を点けて戻ると、彼女はまた床に座りポケモンたちにまずげんきのかけらを与えていた。それから一匹一匹、具合と傷を見ながら丁寧にきずぐすりを充てていく。その姿も見慣れない人間がいることで、どこか遠くの景色に見えた。同じ人間だ。けれど、作りが、違う。

「ア。グリーンさん、きずぐすりお分けしましょうカ」
「いや、いいよ。なかなか直んねえな、訛り」

 時々覗く不自然な発音は、訛りを押し殺そうとしてなるらしい。

「訛ってました!?」
「ビミョーにな」
「む、ムズカシイです……」
「無理に隠さなくても良いんじゃねぇ?」
「恥ずかしいから無理です……。それじゃあ、お世話になりました」
「もう終わったのか」
「はい」
「行くのか」
「はい」

 彼女はバトルをしにオレの元へ来て、決して長居はしない。彼女はオレがしつこく確かめようと目もくれずバッグを抱える。

「レッドに、よろしくな」
「はい!」

 初めてジムに訪れた時、彼女は名乗るよりも先にレッドの名を口にした。

『レッドさんに紹介されてきました。グリーンってひとが、ツヨイって』

 勝ったあとで聞いてみれば、カロス地方から来たという彼女は今、シロガネやまに住んでいるのだという。
 あんな、雪ばかりで、ポケモンセンターがかろうじてあるような場所、住むようなとこじゃない。だけど住めば都で慣れてしまえば良いものだとは言う。つまり、慣れてしまえるほど彼女はシロガネやまに居着いているらしい。

「じゃあな」
「まタ、来ます。お願いします」

 ファイアローというポケモンに乗った彼女を見送って、戻れば給湯室でやかんが蒸気を噴き出している。コンロが点けっぱなしだった。

「やべ」

 慌てて火を消す。やかんの中身はほとんど蒸発して、危ないところだった。シロガネやまなんてあんなの、住むようなとこじゃない。雪ばかりで、かろうじてポケモンセンターがあって、ただ、アイツがいる。

「ま、そういうことだろうなー……」

 彼女に、コーヒーの一杯でもいれたかった。彼女が求めるのならココアでも紅茶でもジューズでも出して、ここで一息ついて欲しかった。けれど羽根を休めることもなく帰ったのだから、そういうことなんだろう。