さらりと土曜日が夕方を迎えて、気がついた。が一週間ジムに来なかった。週に2、3回はバトルを挑まれていた。それが出会いからずっと続いていたのだ。だからとはそういう生き物だと、次に会えば三日後くらいにはまた向こうから会いに来てくれるものと認識していた。
だけど彼女は一週間、彼女は姿を見せていない。
まだオレに一度も勝てていないくせに、オレ以外のトレーナーに浮気したか? どこかで特訓を重ねているのかとか、はたまた体調を崩したかとか、そういう考えより先立つのは誰とバトルをしているんだろうかということだ。彼女は、トレーナーとしての側面しかオレに見せたことが無い。オレもジムリーダーのグリーンとしての付き合いしか無い。ハッ、とオレにも区別のつかない笑いが出た。
終わってしまう土曜日を見送りジムを後にする。トキワからマサラへの道は楽だ。一直線に海の方へ下れば良い。歩き慣れた段差をよっ、よっと軽く跳ねながらマサラタウンに入った瞬間だった。
「あ」
「ア」
ばったりと、そこにとゲッコウガが立っていた。頭の中で考えていた途端に来るとは。
「どうも、グリーンさん」
「お、おお」
一週間程度じゃひとはそう変われない。特段変わりのないは、ゲッコウガとひとつずつ野菜や乳製品なんかがつまって、ベタに長ネギの先がはみ出た袋を持っている。
「ああ、買い出しか」
「ア、はい」
「じゃあこれから帰るんだな」
シロガネやまに。確かにあの辺じゃ草木も育たないし食材を買う場所も無いだろう。つくづく住むのに向いていない場所だ。あんなところに住み着いている彼女は、居着いた理由も含め、明らかに物好きだ。
「グリーンさんも、オカエリのところですか」
「あぁ」
「マサラタウンに住んでるってホントウだったんですね! 結構探してみたりもしたのですが、全然見かけないので」
「……は?」
「ちゃーん」
「お母さま!」
見かけないとはなんだ? まるで最近はここにずっといたみたいな発言だ。言葉の真意を問う前に、彼女を呼ぶ声がする。
夕陽の中で手を振っているのはレッドの母親だ。待て。待ってくれ。それにはなんと返事をした。
「あら、グリーンくん」
「こ、こんばんは」
「そっか。二人は知り合いって、ちゃん言ってたわね」
お邪魔だったかしらとおばさんは微笑んで首を傾げる。
「ちゃん、お使いありがとう」
「イエ! これくらいのことは!」
「ゲッコウガちゃんも、お手伝いしてえらいわね。とても優しいのね」
おばさんがゲッコウガの額を撫でると、ゲッコウガも目を細める。おばさんの持つ距離を感じさせない雰囲気もあるのだろうけど、随分慣れた様子だ。
「どうしましょうか。荷物だけ貰うから、ふたりでゆっくり話してから帰って来る?」
ばったり出くわしただけど、そう込み入っていた話をしていたわけじゃない。オレが言う前に、も首を振って否定する。
「そう。じゃあ帰りましょう」
「ハイ」
「じゃあ、やっぱりお前、帰るっていうのは」
「いろいろあって、今、レッドさんのご実家にお世話になってましテ」
「うちで花嫁修業をしてもらってるのよ」
「お、お母さま……!」
「………」
「なかなか器用なのよ。ポケモンバトルが得意な子って、その他はてんでだめなんて思っていたのだけど……」
その偏ったイメージはレッドのせいだ。
「やっぱり女の子ね。ちゃんはなんでも飲み込みが早くて。毎日とっても楽しいわ」
レッドの母親の、膨らむ頬から滲む幸福。
色んな要素は磁石のように簡単に繋がっていく。彼女がシロガネやまなんかで過ごす理由。レッド。レッドの母親を、お母さまなんて呼んだ。そして、同じ家に帰ると言う。
言葉通りに、二人はひとつの家に帰っていった。その家には灯りがいつもより多く長く点いていた。きっとおばさんは喜んでいることだろう。
息子の恋人は、少々変わってはいるものの、明るくて素直で、ポケモンへの愛情もたっぷりで。繰り返したバトルでトキワ中の人々をひきつけ、楽しませたほど視線を集める容姿だ。あんな嫁が急に来たら驚くだろうが、同時に楽しいと思う。変化と刺激と、鮮やかな兆しに満ちた、そんな毎日をなら創り出しそうなのだ。
朝になって窓の外を見る。道の向こうの家では、すでに洗濯物がはためいている。おばさんの一人暮らしには多い量の洋服やタオルなど。
「あ」
「ア」
当たり前のようにコーヒーを飲んでいると、姉さんが見慣れないお菓子を出してくる。シャラサブレと言うらしい。シャラという地名はたしかカロス地方の西部だった、と考えて、すぐに姉さんも「ちゃんていう女の子がくれたのよ」とだめ押しのよう言う。
マサラは狭く小さい町だ。あのの性格もあって、姉さんとももう知り合いらしい。多分、気に入られたんだろうな。想像は簡単につく。
家を一歩出ると、またもやらかす。とばったり出くわした。
「おはようございます!」
「………」
彼女の出てきたところをよく見れば、軒先に見慣れない自転車が止まっている。
こんな近くにいると思わずに日々を過ごしていたから気づかなかったが、こうして関心を持ってみていると、の痕跡は微かに存在していたのだなと思う。
「あ、アイサツくらいは!」
「ん?」
「してくださいよ……」
「……ああ、おはよう」
おまえが強要させたものじゃないか。それでよくそこまでぴかぴかの笑顔が出来るもんだ。
ぼーっとした頭に、の光が突き刺さった。