きっちりと直したはずの前髪が今も気になる。大事な時のための服を久しぶりに出して来たけど、似合っていないんじゃないかと心配になってしまう。ホウエンは今日も肌を隠している場合じゃない暑さ。だから仕方がないとは言え、足や二の腕なんかの出ている部分が見苦しいんじゃないかと、ひたすら気になった。そしてどきどきして、汗をかいてくるのが辛い。
 何よりもデートを意識しまくりの自分が恥ずかしくてたまらない。


「ど、どうかな……?」


 見てもらわなきゃいけないのに、見られたくない。その二つの気持ちで、顔は変な方向を向けざるを得なかった。絶対耳まで赤いのに。
 待ち合わせしていたその人が一瞬黙る。沈黙でまた心臓が爆発しそうになった。感想が言われようとする瞬間、正直耳を塞ぎたいと思った。


「すっっっごくかわいい!」
「ほ、ほんと……?」
「ほんとに! もっとよく見せてってば!」


 優しく女の子の手で肩を押される。向き直ったハルカちゃんはきらきらと、曇りのない目で私の隅々を見ていた。


「うー、恥ずかしい……。変じゃない……?」
「どこが変なの? いいじゃないこのスカート、すごく似合ってるかも!」


 ハルカちゃんは生き生きと、私を前から後ろから見てくれる。そのたびにかわいいと服装を褒めてくれるので、私も少し落ち着いて来た。なのにハルカちゃんのセリフでまた重大なことを思い出す。


「今度ダイゴさんと出かける服装を見てほしいなんて言われて、そんなに迷ってるのか心配してたけど」
「……!」
「なんの心配もいらないじゃない!」


 そうなのだ。今度、ひょんなことからダイゴさんと、一応ふたりで待ち合わせて出かけることになってしまった。
 デートではない。なのに、私にはどうしてもデートに思えてしまい、意識しているのは私だけだとしても、ハルカちゃんに当日のアドバイスをもらうことにしたのだ。


「でもなんか、ただねっこの化石を復元しに行くだけなのにおしゃれって、見当違いというか浮ついてる気もしてて……」
「それでもダイゴさんと二人で行くんでしょ? それって私からはやっぱりデートに見えるかも!」
「は、ハルカちゃ……、………」


 言葉にされるとまた意識してしまい、頭がパンクしそうだ。いや、してしまった。




 じどうはんばいきで、冷たい飲み物を買う。ハルカちゃんはサイコソーダ。私はカロリーがどうしても気になりおいしいみずにした。


ちゃん、大丈夫?」
「う、うん」


 ダイゴさんとデート。二人で。ハルカちゃんの言葉たちに本当に頭がパンクしかかって立っているのも辛くなってしまったので、今は丘に座って休憩している。
 冷たい水を飲んで風に吹かれていると、少しずつめまいは落ち着いていった。


「ダイゴさんとのデート、明後日だっけ」
「うん。でもデートじゃないよ。ちょっとでかけるだけ。ダイゴさんもデートとか何も考えてないと思う」
「そうかなぁ」
「そうだよ」


 だって、私とダイゴさんは友達のような何かだ。知り合いから毛が生えた程度の何か。
 でも本当に、ダイゴさんと私がお友達の間柄なら、こうやって待ち合わせで緊張なんかしていないのだろう。


 今から思えば多分、私はダイゴさんを最初から好きだった。一目見た時からだ。
 惚れた、というほど強い感情では無かった。だけど名前や肩書きを知る前から、いいな、と思っていた。ダイゴさんについては知らないことばかりだ。けれど、なんだか彼のことをそばで見ていたいなという感覚を抱く。私はそうやって恋を知った。

 好きになってしまった経緯というのはこんな、今でも逃げ道が無かったと断言できるどうしようもない感じなのだけれど、そのダイゴさんなぜか友人のような関係になってしまったことについては、はっきりと思っている。私は間違えてしまった。

 でも友人のようになってしまう過程を思い返しても、やっぱり逃げ道はあまり見つけられなかった。
 始まりはユレイドルだ。ダイゴさんの手持ちであるユレイドルを、これまたなんか「いいな」と思ってしまった。そうしたらダイゴさんがユレイドルについて色々教えてくれたのだ。
 感心しながら聞いているうちにダイゴさんの話はどんどん広がっていった。いわゆる化石ポケモンと呼ばれるポケモンたちについて、それからポケモンと石の関係について。最近はポケモンとなんら関係のない石の話をダイゴさんは語ってくれた。ものすごく、生き生きとした表情で。

 こうやって振り返ると私とダイゴさんは友人というより仲間と呼ぶ方が近い気がした。化石ポケモンに興味を抱く仲間同士、だ。
 私は化石に興味があったわけじゃなく、ダイゴさんが育て上げたユレイドルに興味があっただけなのだけれど、もはや言い逃れはできないだろう。
 だって私のバッグの中身で今一番大切なのは、ねっこのカセキだ。このねっこのカセキもダイゴさんがくれたものだった。

 ある日ダイゴさんが「ユレイドルを育ててみたいかい?」と聞いてくるので、恐る恐るだけど頷いてしまい、そして何日か会わないなと思ったダイゴさんが持って現れたのが、ねっこのカセキだった。

 初めて化石というものを手にした瞬間だった。ずっしりと重くて、乾いていて、ほころんで剥がれ落ちる砂や塵が指の隙間にひっかかって。この中にポケモンの遺伝子が眠っているなんて信じられない。信じられないからこそ、胸がときめく。これがロマンというやつなのだと思った。


『いいんですか? これ……』
『いいよ。君にならね』
『あ、ありがとうございます』


 そこまでは良かった、気がする。
 化石についてあんなに話し合ってきたのだから、本物の化石というプレゼントはものすごく嬉しいけれど、まだ受け止められる事実だった。


『デボンの本社に、化石の復元を請け負ってくれる研究員がいる』


 ダイゴさんの言っていることを、私は理解ができなかった。


『今度僕と一緒に行こう』


 今も全く、理解できていない。
 デートではない、デートではないのに、ときめきと苦しさが止まらない。そんな私をハルカちゃんは悪戯っぽい笑顔で笑っていた。